2011年5月30日月曜日

若者を喰い物にし続ける社会 と 子供の最貧国 日本 再読了

反貧困本

湯浅誠の 反貧困本

を読んだので

続けて



若者を喰い物にし続ける社会

404 not found を読んでみた。

若年層へのサポートが殆どない実情を書く。

「テーマは親の世代より豊かになれない自分たちの世代」




階級闘争ではなく、世代間でどれだけ不平等が生まれてしまうのかそれを書いている。

世代間対立がキーワード

単純に老人のほうが人口が多い。だから政治家は、老人向けの政策を取る。

福祉予算も、若年層向けに向けず、高齢者に向けた。

その点、民主党政権は、高校無償化 子ども手当 この本が書かれた2007年の問題に対して

取り組んでいたのだな。 

日本のピークは

1997年名目GDP515,644.20円


実質ではその後も伸びつづけるが、名目GDPでは最後だ。


正直、この本の不親切な点は、名目GDPの伸びが悪いとなぜダメなのかの説明が無いところ。








本自体は、2006年時点で どんどんと出来ていく格差(若者間での格差、 世代間での格差)


を説いていく。




新書の手軽さからか、熱く当時の政権運営を非難し、今後の政策提案をしている熱量がすごくある。




2006年出版の本自体として、2011年に読み返す必要があるかどうかは不明だが、


若者が高齢者に搾取されている。世代間対立が発生している ということを克明に訴え


そして、現時点でも、世代間対立は解決策すら見いだせていないのだ。




貧困本で好きなものは、




 



子供の最貧国・日本だ。

2008年出版 

2000年時点でのOECDデータをみると、日本の全世帯の貧困家庭は 14.3%

親子2人世帯で世帯収入195万円 親2人子1人で239万円、親2人子2人で276万円
これを下回っていると貧困世帯と呼ぶ。

改善策は取られているかというと、

残念なことに、日本の社会保障費は、老人に回ってしまっている。

政府が所得分配をすると、逆に貧困率があがるという訳のわからない状況になってしまっている。



そこで、貧困率を語るとき、自己責任原則がでてくる。

その現状に甘んじているのは、自分たちの努力不足だったのだと。

自己責任論は ゲイリーベッカー の人的資本論の行き過ぎだと表現する。

ベッカー教授たちは、ミクロ経済学を使い、社会で起きている出来事がなぜ起こるのか説明をして

ノーベル賞を受賞したのだったが、、、 








そもそも、なぜ貧困がだめなのよ! というと、

民主主義の基本である 努力すれば誰でも高い社会的地位に付けられる という
原則を守れないから。

貧乏な子供のIQは家庭環境とリンクしている。

所得が高くて、塾に沢山いっても、そんなにスコアに影響はでないのに、貧乏すぎるとIQに影響がでてくる。

最貧の家庭環境の子供は、その生まれ持った能力を出す前に貧窮の影響で失敗してしまうのだ。



人間は平等である、自由である、そんな

民主主義の基本的な部分を否定するからだと自分は思う。

だからこその貧困の解決の道筋が必要だと考える。


また、山野氏のような抑制され、統計データもとり、自分の主張を述べる文章を書けるようになりたい

というあこがれをもった本でもあった。

2011年5月29日日曜日

masterpiece of Japanese picture book



The Cat Who Lived a Million Times(百万回生きた猫


There  were the cat who lived one millions times.
He lived one millions times and died one millions times.
When the cat died, his owner was sad deeply.
But the cat oneself was not sad never.
One time, He had fallen loved the white cat.
He had came to a head.
One day,the white cat had died.  
For the first time, the cat was cry deeply.
He never feel sad to die oneself. But he can feel sad at experience the death of a loved one. 
The cat was never, ever born again.


Happy end

英語訳されていなかったのですね。

http://site.sckoon.com/organicstyle/2010/06/22/eho/

This site translates the picture book.



王様や船乗り、手品師、どろぼう、おばあさん、ちいさいおんなのこに飼われていたねこ

ねこは飼い主のことが大嫌いだった。

飼い主は猫が死んで悲しむけど猫は全然悲しくない。

ねこは、だれのねこでもなく、のらねこになりました。

ねこは、立派なトラ猫だったので、とてももてました。

自分が大好きでたまらなかったのです。

でも振り向いてくれない白猫がいました。
どんなに百万回死んだんだぜと自慢しても振り向いてくれません。

悔しくって宙返りして自慢するのですが、そう、としかいってくれません。

自慢しかけて、そばにいていいかい。

ええ
と白猫は答えました。
そして二人のねこは一緒にいつもいました。
子猫もたくさん生まれ、自分よりも子猫がだいじになりました。

けっしてねこは百万回もとは言わなくなりました。

子猫も独立し、ふたりのねこは一生二人で生きていたいないたいなと言いました。


ある日、白いねこが動かなくなりました。

ねこははじめて泣きました。百万回泣きました。

夜も朝も昼も泣きました。

ある日、ねこは白いねこの隣で静かに動かなくなりました。

ねこはけっして生き返りませんでした。

湯浅誠 の 反貧困 を読了

夜逃げの話をよく聞くようになった。


夜逃げってすごいですね。 

朝出勤したら、 会社がもぬけの殻になってる。 行ったらなにもなかった。それはどんな心境なんだろう。

当然のようにあった日常が一瞬で無くなる。倒産は社員も当日まで知らないもんなんだね。


そんな兆候に気がつかないと被害はうけるのですがね。悪かろうが卑怯だろうが、損害はうけるので。
 





反貧困ネットワーク主宰

ちょうど内閣参与だった湯浅誠氏の本を読み終えた所だったので、心にぐっとくるものがあった。

なぜに日本はここまで貧しくなってしまったのだろう。

ワーキング・プア 働いているのに生活が出来ない層 

この本の論旨は的確だ。

この大不況のなか、貧困に陥るのは決して自己責任ではない。

あまりに多くの貧困に苦しむヒトが自己責任論を自分の信条にして、自力で頑張ろうとしていく

そして、社会の壁に跳ね返されていく、そして、自分を失っていく。

そういう人々をNPOとして支えてきたひとが湯浅誠だ。

1995年を境に社会システムが崩壊してしまった感がある。

もちろん、社会システムに乗っかれているヒトは

沢山いる。そちらのほうが多い。

でも、失敗のリカバリーを許すだけの社会的なリソースがもう余っていないのだ。


本自体は、湯浅誠の元に集まった経験談をまとめたもの。

だからどんなバイアスが掛かっているかわからないが、ただそこにそんな食うことのできない人々を

どんどんと生み出している日本社会のルポが書かれている。



貧窮は、現状の社会システムからの排除という。社会のリソースを分け与えられる地位にいないのだから。

第一に、教育からの排除、第二に雇用からの排除、第三に家族からの排除、第四に公的支援(生活保護等)からの排除

そして、ラストは、自分自身からの排除 それは自殺だ。 



自己責任の原則を忠実に信じているが、しかし社会から排除された人間がいる。


努力が足りなかった。人的資源を利用しきれなかった。時間を無駄にした。

うまくいきれない。孤立を深めていく。それに自己嫌悪をしていく。

生存競争を重視する自己責任原則を信仰している本人は、つぎにこう考える。

そんな自分が生きる資格があるのだろうか?自己責任で頑張ってきたのに上手くいかなかった。

自己責任のラストの方法は、死んで自分の人生を幕を引くこと。それで責任をとると考える。

長い間、社会からの拒絶され続けているため、内部で考えるだけになるのだ。

当然、それは一方的なわがままな思考になる。 

外からは、こういう批判が生まれる。 だから、弱いんだ!自殺しちゃうんだ!駄目だな!

自己責任で自殺したんだからイイんじゃない? 見事に自己責任を社会全体で完遂しきった。

それは、心地良くはないが、社会的に主要な思想をきちんと踏まえて誰もが行動した。


自己責任が貫徹された世界。日本にももちろんあった。

それは、中世日本が荘園制崩壊から続いて、太閤検地まで織豊政権と江戸幕府 で描かれた日本だった。

自治と封建領主と自分たちの武力で守っていたものを、信長、秀吉、家康が

法律と中央集権化で、一定の平和まで治めたのだ。天下静謐を誰もが願っていた。


ただ、現在に、主流となった思想、自分たちの行動の指針になるものは、いまだに見えてこない。

web世界が発達することで、市民という概念を梅田望夫が持ち出しているとも思う。

いろんなヒトが今後の社会のあり方に提言をしているのだ。




思想家、哲学者ってなんの仕事をしているかわからなかったのだが、こうやって社会的な主流となる


考え方や行動指針を提案しあっている人々のことをいったのだな。



湯浅誠氏は 懐かしいが新しい市民社会をつくっていこうと提案している。

ゆとりと溜めのある社会、助け合いの社会、互助精神、

人間がすべり台のごとく転落していく社会をどうにかして、正していこうとする人だったのだな。

年越し派遣村



 の村長というイメージしかなく、胡散くさい人だと想っていたのだが、

人はイメージで見てはいけない。行動で見なくては!それを考えさせられた人物だった。

外国語を勉強しようとする時に身構える壁を壊す本



外国語の壁は理系思考で壊す 読了

なんで、理系出身の人のほうが、英語って上手いの?

単純に、平易な英語で、相手に理解されるように書くからです。

また論理的でなければなりません。筋が通ってなければ相手にされません。


文系の外国語勉強のように、細かいレトリックへ勉強時間を無駄に費やさないのですから。

なので、理系的な英語を勉強することは、論理的な文章を書くことの訓練になります。

多言語を一緒に学ぶと、英語の独自性が見えてきて、日本語の勉強になります。


英語を含め言語は、語集がある程度ないと意味が通じません。

その言葉は、英語圏は、接頭語、接尾語で増やしています。

ab- co- pre- 等々 

そうすると、造語も作れるようになります。

英語は、世界中のひとが使っている言葉なので、そんなに一言一言にこだわり過ぎないでいいです

それよりも、内容を論理的に、発見があり、輝かしいものにしていくほうが大事です。


tipsとしていまから120年位前に生まれた人々は、英語は敵性言語だったのでドイツ語のほうが

得意だったそうです。

2011年5月28日土曜日

「片思い」道の最高傑作 武者小路実篤さんが百年も前に開拓済みだったとは 「友情」





友情


武者小路実篤の友情という本がこんなに熱く、純粋で、切ない 失恋小説だったとは!

武者小路という苗字から、堅苦しい話をしているのかと思い込んでました。

話の筋は単純

主人公の野島は、うだつの上がらない青年小説家

かれには、恋焦がれている女性がいる。友人の仲田の杉子という女性だ。

この杉子を女神のように崇拝している。彼女は私の妻になるために生まれてきたのだ。

そうでなければ、私がこんなに恋焦がれるわけがない。

といっても彼はうだつのあがらない小説家。 彼の唯一といっていい文学上の理解者

大宮  彼は新進気鋭の小説家なのだ。 そして、野島の小説を心から評価し信頼している。

彼らは親友同士なのだ。本当の心からの。

大宮には、従兄弟がいて、武子という。彼女と杉子が同級生なのだ。

そして、大宮は、野島の恋を成就させるために尽力を尽くす。

野島はうだつの上がらないが、大宮からは心から尊敬し、尊敬されている。

読んでいて、結末は もう見えるのだが、 どうやって その結末まで たどり着かせるのか

その過程が 楽しすぎる。

恋する男で、情けない男として描かれていた野島がいるなかに、 大宮も同じく恋に怯え、愛することに不安を感じていたのだ。

そして、ラストの 野島の激しい慟哭  そして、この深い友情 が どう決別していくのか!

超ハイテンションで進む恋愛小説及び 友情小説。

今年読んだ本で、一番面白かった。 

文章も現代文と同じなので 特に気にしないで読める。 なおかつ362円という超安価

このコストパフォーマンスは凄いです。




“文学少女”と繋がれた愚者がこの本を紹介してくれた。文学少女シリーズは、古典名作を元ネタに

遠子先輩と 井上心葉という男の子が 出てくるライトノベル こちらもビターなラブミステリーで

なかなか面白い。 この本を読み進めるために 友情をよもうと決意したのだったから。

2011年5月27日金曜日

日本人はなぜシュートを打たないのか? 再読読了

日本人はなぜシュートを打たないのか

湯浅健二さんの本

素人ながら彼のサッカーへの思いは正しいと思う。

2011年浦和レッズ対名古屋グランパスエイト  の時点 浦和が圧倒して3対0で圧勝したのだ。

観に行っていたのだが、あまりのショートカウンターの見事さに優勝するんじゃないかと想っていました。


その試合で、湯浅健二さんは、ゼリコペトロビッチのウィングを張らし過ぎる戦術は失敗するだろうと言っていた。

彼の昔の本を読み返して、どういうサッカー理論を持っているのかを探ってみようと思った。

彼の考えは、サッカーはミスの積み重ね 不安定な足でやるスポーツなので ミスをするのが前提

そのミスに落ち込まないで、気持ちを奮い立たせてチャレンジできるかが、勝負の分かれ目なんだ!

だからサッカーは心理ゲームなんだ!!!

でも、チャレンジ 無謀なチャレンジばかりして、自分勝手で戦えるほどサッカーは甘くない。

そこに組織バランスと 個人プレーの 両立をはからなくてはならないものがある。


彼の本は、独時代のコーチライセンスを取ったときの、話がたくさん出てくる。

チーム内の確執や、サボり、モチベーションの上げ方、監督の仕事、サボらないことの大事さ

とかく自分勝手になりがちな人をどれだけチームプレーに組み込めるか 

先進国の独ではどうやって教えていたか それをどう学んだか、 その青春記でもある。


私見だが、、 


サッカーでとかくシュートを打たない日本人はといわれるが、

心理的にビビってシュートを打たないというものではない。

シュートを打たす為の連動性やフォアザチームの精神に欠けている

プラス 

最後の一歩のミスをしてもパスがこないと不貞腐れて再度動きなおすことができない

そのことを日本人はシュートを打てないと表現する。 と自分は理解した。

そして、それは攻撃だけではなく守備でもそういうことだ。

どれだけ頭をフル回転させ、危険な箇所に走り、身体を張り、ボールを奪取するか

その殆どが徒労に終わる。それでも諦めないでやり続ける。

後ろにいる11人の仲間たちがみんなその気持ちになったとき、チームは躍動するのだ。

その精神面をなんども説く。(自分には戦術面はわからないので)

チーム全員の気持ちを持っていくか それが監督の仕事 心理マネージャーと呼ばれる仕事だ

ビジネス書や 起業する 自己啓発 サッカーを観る上での参考本 そんな風に読めるのではないだろうか。


この本で自分の考えと違うところは、リスクを取るところに関するところだ。

リスクを取りに行き、チャレンジするのは悪くない。が、それを許容する環境と

それをサポートする仲間が必要だ。

毎週観ているレッズは リスクを取った行動するとき、

まわりが一切動いてあげない。彼だけのリスクテイクになるのだ。

リスクをとる人をサポートする それができたら  

人種に関係なく ポジションに関係なく チャレンジするだろう

その献身性とモチベーションと根性。そこの部分がレッズには足りないのかもしれない。



で、いつもサッカーで言われる日本人は農耕民族で欧州は狩猟民族 という俗説だが


あれはもうヤメにしようよ。 日本だって結構長い間狩猟してたし、欧州南部及び北アフリカは


大穀倉地帯 中国はどうなんだ! 文明の爆発的な発展の為、農耕民族の系統しか民族は


生き残っていないでしょうに。。。



そして、サッカーは究極の心理ゲームだ!という彼のフレーズ通り

決して一つの形の成功事例はない。そして、成功してもバランスを崩し駄目になってしまう例も

暇がない。

それでも、選手たちをどうやって勝利へ導くのか それぞれの監督のやり方があり

本髄は、選手を戦える集団にしていくか!!!それをどれだけ長く続けられるか

その答えは現場でやっている練習や、本番である試合、その後の全ての時間を使い

全知全能を賭け、人間として立ち向かっていくしかないんだな

だから監督は長く続けることが出来ない仕事なのだ。



サッカー監督を主人公にしたナンバーワン漫画

2011年5月26日木曜日

織豊政権と江戸幕府 日本の歴史15 読了 一番好きな戦国時代の英雄たち



日本の歴史シリーズ第15巻 織豊政権と江戸幕府 読了
扱う時代は永禄16年1568年から 慶長20年 1615年 戦国時代末期 ヒーロー達が
いよいよ天下統一していった頃の話。

この日本の通史は全25巻のうちの15巻 総監修は 網野善彦



中世日本史を 民衆側からの見方を与えたひと。 有名な 逆さ日本地図

いつも見る日本地図


全く印象が違ってくる。 大陸との捉え方など。 この網野善彦が総監修なので、基本的に
戦国時代の権力(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)に対して民衆はどう対応したのかが書かれている。


尚且つ、この巻の著者は池上裕子 戦国時代の経済史が専門としている。




織豊政権と江戸幕府という本よりも 司馬遼太郎の太閤記など、歴史物の英雄譚のほうが絶対に面白い!それを読みつくして

ちょっと飽きたなあ という人への入門書のようなものだ。

織田信長の政治は一言で言えば、武断政治 及び 民衆統治は 最初に従えば所行を認める 

断れば 抹殺する。 特別に新しい世界をつくろうとしていたわけではなかった。

経済に注目し、農村の整備を始めようとするのだが、楽市楽座は 斎藤道三の考え、検地は

後北条氏が100年も前に実施している。 

その頃にまだまだ 半農半武士といった 農村部には足軽 がいて、自治が完璧に治まらない

状況が10年あまり続く。簡単に領土を支配できたわけではないのだ。

美濃、尾張という本国以外で 完璧な自治をして、検地を行えたのは 一向一揆鎮圧後の 柴田勝家の越前

その後、大和などを行っていく。 センゴク という漫画のイメージで描かれている信長像が強く表現されている。



以後、秀吉が山崎の戦いで 勝ち、柴田を倒していく。徳川との長久手の戦いで負けてから

武断政治から 融和政策に切り替わっていく。 信長が達成できなかった天下統一を不完全ながら

完遂した。

そして、その後、国替え 領地替え という方法をとり、大名を封建領主から 大名の官僚へと

変えていく施策を打っていく。

国替えでは、半農半武士だった農村の人間を、武士として領主と共に新しい土地に行くか農民になるかどちらかに身分固定させるようにさせた。

それは尚且つ、配属大名たちの戦闘力を排除することにもつなげる。一つの施策に何重もの効果を持たせて

実施していくのが 豊臣秀吉の政策運営だった。

そして、太閤検地では、実際に耕しているひとがその土地の所有者であり、小作人制度を基本的に認めなかった。

何分にも長年の戦乱で荒れ果てた農地をどうやって回復させるか それに専念していった政権だった。

しかし、当然ながら反対するものも出てくる。

半農半武士であり、その農村部のリーダー格だったものは、土地と収入は奪われ、武士としての栄達もなくなったのだ。

そのタイミングで奥羽一揆が発生する。 

ここで秀吉は 人道的には酷いが、政治的に正しい 反乱者の皆殺し作戦にでた。

これで恐怖と力を削いだ。 


秀吉は、太閤検地を通じて、農村と 間に入っている中世以来の領主群を経済的に殺していこうと

していく。 秀吉の直轄を広めようとするのだ。

反乱はなんども置きながら、農村側も 農村内の自治は農村の庄屋たちで運営していくようになる。

中間業者であった土着領主は 少なくなっていった。

農地を耕す権利、収穫は耕したひとのものである。

その法的根拠、武力的な力を太閤検地は与えたのだった。

それはその後江戸幕府の施策にもつながっていく。


そして、大量に貯めた財力で 朝鮮征伐に乗り出す。

教科書を読んでいると 殆どやらないところだと思う。 これで朝鮮半島が困り、明国の没落を

招いた、くらいなのだ。

この本では、どんな戦いをして、どこで負け、だれとだれが政治的に対立し、ということを

詳細とまではいかなくても説明してくれる。初めて文永慶長の役の意味がわかった。

兵站が伸び過ぎたのと、異国を統治することの難しさ。

有名武将がだいぶ朝鮮半島で戦っていることも驚いた。

そして、敗戦し始めた出兵した大名側と、内地で動いていた三成派との確執が発生していく。

そして、秀吉死去

徳川家康の権力が増大する。

関ヶ原の合戦へ。 両軍とも 秀頼公の名のもとに戦争をしたのは周知のごとく。

ラストは大阪夏の陣 冬の陣 の話となる。

この本は基本線は 権力側の歴史を書きながら、 本当の狙いは 当時の農民の様子

経済構造の説明。商人階層はどう発生して行ったのかの歴史的経緯

そういった経済史を説明してくれる本だった。 民衆側からの歴史本は、網野善彦の真骨頂だ。

頭のいい人脈の作り方 再読まとめ




立石剛さんの2010年の2月、ちょうど1年前にキャリアクレドセミナーがあったので

本のまとめに書いてみた

基本的に人脈本
どうやったら人脈を増やせるか?
それも友となり、厳しい時は助け合い、生きる上で友情を育みたい人間にどう出会えるか

人脈を 縦軸に共感性が高い(気があう) 横軸に必要性(生きる上で必要な相手)

本当の人脈って共感性が高くって必要性も高い人じゃない?って提案している本。

人からしか人は チャンスをもらえないし、上に上がるためには引き上げてくれる人が必要という

世の中の原則がある。

引き上げるためには、その人の夢を明確にしておかなくては駄目だ。それをきちんと発信すること

夢があるから、こいつにやらせてみようか と思ってくれる 

引き上げてチャンスをくれる 

その夢の見つけ方、夢マップの描き方 それが マインドマップだ 

そこに書くのに制限はいらない、自由に描くのだ。その夢こそが あなたの夢なのだ。

成功哲学の一個だね。穿ってみてしまう。 でも、 やっぱり まわりで 単なるサラリーマンが本を出版したい

といって出した人も何人も出てきていたわけだ。

「結果を出す人」はノートに何を書いているのか (Nanaブックス) の美崎栄一郎氏 や

20代の自分を取り戻す 理想のカラダのつくり方の阿部貴弘氏のように。





自分の夢かあ。 服の会社で、分析しながら なにが売れてるんだろう?どうしたら売れるんだろう?

とか ずっと考えていたい。。

あとは、旅行だ。 馬を走りまわしたい!

そんなこんな、みんなの自分の夢を馬鹿にしないでマインドマップに描きだしていくことが大事なんだよ。 と立石氏は説く。


引き上げてもらったり、コイツにこれ任せようというには、自分ブランディングが必要

そのへんは類書が沢山ある。 ブランドは制限せよ コイツはこれだという烙印こそがブランドなのだ

こうはんは実務に移っていく。

名刺の作り方 勉強会の開催の仕方 分科会の開催 そのへんはテクニックの部分で

読んでふーんと思う部分。

この本の肝は、 なんにせよ、 自分の夢をきちんと 自分 で 定義しろよ

そして それを 人にきちんと 伝えろよ だ。




自分の夢は 洋服、消費財で なんでこれが売れたのか ずっとその理由を考えて 議論して
答えをだして、再度 実験してみる。


もうひとつは、世界中の地域に友達を作り、 友達の家に泊まりながら 旅行すること

ふむ、恥ずかしいが、夢を明確にひとに伝えるって大事なことですね。

そんな夢を一緒に語れる仲間こそが、この頭のいい人脈の作り方で紹介されていた いい人脈と呼べるものなんだと思うんです。

2011年5月25日水曜日

親が70歳を過ぎたら読む本 介護生活の道しるべになる一番有用な本


親が70歳を過ぎたら読む本

とても便利です。いい本です。



本全体のテーマは 30代、40代の現役世代が、親の介護、相続に向きあう時、どんな問題が起こるのか

どのような対策方法があるのか、 

シニアビジネスを長年携わってきた村田裕之氏が経験と知識をフルに使って法的な面から

介護生活、精神面のケア 遺産相続争いの防止 など を語ってくれています。

シュチエーション毎にどうしたらイイ、という方法が書かれているのでとても便利です。


決して、儲かるとか、シニアビジネスがチャンス とかではなく、 自分たちの生活防衛の為に

書かれたノウハウ本です。



第一部は 親が元気なときにやっておくべき法的処置、 または介護施設の調査などです。


自宅で暮らし、老衰して、入院し、病院で死ぬ

理想ですが、現実そうもなかなか上手くいかない。



それよりも、自宅で暮らし 怪我をしたり病気になり 老人ホームで暮らし その後病状悪化し

寝たきりになり(ここで老人ホームから出なくてはならない可能性があります)、

介護施設に移動になり 最後病院で死ぬ

老人ホームで、最後まで暮らせると想っている人は、この本は本当にオススメです。

老人ホームは介護型、自立型で 全然違うわけですから。


相続トラブル 

遺言書がどれだけ遺族のトラブルを減らしてくれるかを細く書いてくれます。

オススメは公正証書遺言です。 任意後見人制度 財産管理等委任契約 等々


第二部は親が認知症になったら


要介護認定の受け方 病気になったあとの介護施設の探し方

元気なうちに締結しておいた財産管理等委任契約をスタートさせる

一番のありがたいことは、亡くなったときに誰に連絡をすればいいかの連絡先をつくっておいて欲しい

第三部は介護最末期

どういった契約を取り結んできたか きちんと親の死に向きあえてきたか。

それで楽さが半端無く違います。 苦しい選択ですね。 親に死んだあとのことをかんがえろ

とは普通は言えません。

第四部は 事前予防

単純に運動や、親族間の仲を良くしておく 病気に気をつける 



この本は微に入り細に入り 介護生活について書かれています。ありがたい。

ただ、これをどうやって親と一緒に話し合いまで持っていけるか 

親の死を自分たち自身がきちんと受け止められるか


一番は難しさは個人個人のがんばりなんでしょうね。

2011年5月23日月曜日

血液型占いのブーム火付け人 故能見正比古氏

血液型で性格は変わるのか?R25


こちらの記事を読み故能見正比古氏を思い出しました。


血液型占いのブーム仕掛け人

とされている 能見正比古氏の本の後ろに載っている経歴を書きだしてみました。

能見正比古氏1925年大正14年生まれ 出生地 奉天 出身 金沢市出身 旧四高後 東京大学工学部卒
東京大学法学部中退 三木鶏郎文芸部から放送作家 総合雑誌編集長 百科事典編集長 出版社役員 フリーとなり
創作活動に専念 相撲や演劇の評論で活躍する一方 血液型研究の一人者





70年代、放送作家として彼が作った血液型占いブームは 四半世紀を超えて残っているわけです。

医者の出身でも科学者でもなく、放送作家 雑誌編集者 という人の心を捉えて、面白いネタを引っ張り出す仕事をしてこられた方だったわけですね。


当時のブームの状況はわからないのですが、放送作家として一流だったんでしょう。


息子の能見俊賢氏


1948年生まれ 東京出身 日本大学史学科卒 サンケイ新聞社をへて亡父のあと、血液型人間学研究所代表 

能見正比古氏の息子さんです。 かれも別に科学的な医学的な素養のある方ではないのですね。

親子二代にわたり、我々日本人を楽しませてもくれ、 いらつかせてもくれた能見親子は

今から思うと素晴らしいエンターテイナーだったと言わざるえない。

自分もずいぶんと血液型占いにハマって、恥ずかしながら血液型性格分類の研究者になりたい なんて思ってたりしてました。

もし、本気で血液型が性格を決定していたとしたら、それをきちんとできるまでに何ステップあるでしょう?



性格自体をきちんと定義しなくてはならない点 

いったいマイペースな性格てなんだ?

人間には根本的なプリインストールされている性格があり、 
遺伝子がきちんと性格を作っている事を説明しなくてはならない点 

人間は生まれ持っての性格が一生涯影響することをきちんと説明しなくてはならないこと

それに加えて、血液型が性格を決めている証拠を見つけなくてはならない点。 

血液型が性格にどう影響を与えているのか 因果関係を きちんと 調べなくてはならないこと

どうやって実験をするのか思いつかない。。。
なおかつ、政治的な問題。生まれながらにして違う血液型で性格が違うという点は差別にならないかを考えなくてはいけないでしょう。

けっこうハードですね。


一人のエンターテイナーが作った占いを25年も何度も盛り上げて使っているこの息の長さは脱帽します。


2011年1月から4月まで リアルタイムではまりまくったアニメ


観てないひとは読まないで欲しいです。


           絵柄は萌えアニメとも、少女向けアニメともいえるが 中身はどぎつい。




一つのアニメ主人公の名前の変遷


まどか→まどっち→まどまど(ほむほむ)→まどかさん→まどか△→
まどか様→まど神樣→まどか様マジGOD→概念化(名前消滅)→因果律の一つになる 



アニメのキャラクター原案者の名前の変遷

蒼樹うめ→うめ先生→うめせんせい→うめせんせー→うめてんてー
→うめ天帝(RKGKMDK発売時:読み方はらくがきまどか)と為られた。

1月スタートからどんどんと名前が変わっていき、すげー変換と言葉遊びに意味が加わる楽しい状況でした。


放送終了したらやはり哀しいものだな。。。




神END作品でした。

ガンダム富野皆殺しENDか、

エヴァ庵野投げっ放しENDか、 


どちらかというよりも、

綺麗に風呂敷をタタミきってハッピーエンドで完結。

天使になった姿で数多のところに飛んでいく所が鳥肌

神の恵みを アーメン 

リアル教会で説教聞いたくらいだと

概念として数多のところに天の恵みと愛があるといわれても理解できなかったんですが、

この作品ですげー理解できた。

神の名はは問うべからず

そこにいるのだから、

神は認識することはできない

ただただ、そこにいるものを信じよ。

とね。 

    2011年5月20日金曜日

    人生初のディベート ディベートほど面白い遊びはないだろう。

    参加者19人いたので 
    三人から四人に分かれて、六組でトーナメント戦。勝ち進めれば3回まで戦えるというディベート会に参加しました。

    ルールは お題に、賛成、反対を述べていく。三分間で、一人20秒の持ち時間。 
    たとえのお題はキャバクラは良いか悪いか? 軍隊は必要かどうか?等々

    これは面白い! 


    初めは、勝ちにこだわりすぎて、論理がテンパってしまって、ダメだった。 
    ディベートは、チーム戦だったので、はじめに作戦タイムに論旨の骨格を作り、 
    適時、相手の攻撃に反論を加えながら論旨に沿って戦うもんだなと。 

    ディベート最中、通常はメモを録っていいのかわからないが、メモが相当に役立った。 
    敵側の発言は全てメモれたので、メモって論旨が分散しないように。
    効果的な反論と、それに加えて自分たちの論旨に持っていく。
     
    ディベートとは、 
    瞬発力と慣れの問題。それと組織力の問題。 
    チームで役割が自動的に出来たから、無駄に論旨が飛ばなくて戦えた。 
    すごく頭の切れる人には、誰が反論するかなど、作戦もたて、 
    相手の誰々の発言には答えやすい人間がいるという相性の問題もあり、 
    そこが楽しかった。 
    個々人のチカラを組み合わせると、ここ迄勝てるようになるとは。 

    個人的には、だいたい物事のはじめはテンパりすぎて発言すらしどろもどろでミスを連発してしまいました。 
    最初の一回は、入れ込みすぎて、勝負事に熱くなり失敗しちゃうんですね。 


      勝つ為には、戦っている時は、勝つことから離れなくてはならない。 
      勝ちたければ、勝ちの執着を捨て、 
      平常心になると勝てるということ。 
      心のこだわりを、 
      一番大事だとおもっているものを捨ててこそ、 
      それが手に入るという人間の因果を感じたディベートでした。


      ディベートはスポーツだし、遊びだ。すげー楽しい遊び

      またやりたいなあ。

        生まれながらにして、貧困 又は ハンデを背負った人々のお話 有島武郎



        父 有島武郎
        子 森雅之


        酔っ払いながら書いている。あまりに くらくらっと読了感が来てしまったので。

        白樺派は読んだ事無かったです。
        武者小路実篤の友情をたまたま読んでそこからハマりました。
        普通に生きていれば学校で武者小路というカッコイイ名前と同人誌白樺という名称を覚えてお終いだと思います。

        白樺派をちょっと買ってみた。




        この文学少女シリーズに出てくる遠子先輩についていったおかげで、

        未知の本に出会えました。

        そして、古典て昔の大ベストセラーなので、とっつきにくささえ無ければ

        超絶に面白い作品が眠っている金脈です。

        ざっくりした感想として、

        あれだ、頭がクラーク博士のいる札幌の農学校なんだな。

        プロテスタンティズムの新渡戸稲造と、社会主義、人道主義の人たちだったんだな。

        時代は

        花開いた大正ロマン。

        袴にブーツ、学校と軍人と、許嫁やら、華族との恋。

        書生が生きている。恋愛時代。

        家長父制は生きていて、許嫁やら、人を介して求婚。

        楽しいですよ。この時代の作品は。

        そして、文章にでてくる日本中の作家たちは、

        今後の日本を支えなくてはならないというものすごい使命感に溢れていた時代です。


        有島武郎は、そのなかで、華族階級に属していながら、民衆の生活を書いています。

        自己否定から入ってくるひとですね。

        「生まれ出づる悩み」 では

        画の才能が溢れながらも、家庭の事情で漁師になった人間を描く。
        彼は、ここではない場所に行きたかったんだ。
        でも、自分を信じきることは出来なかったし、家族を見殺しにすることができなかった。
        その精神的に健全な部分と、夢を諦めざる得なく、尚且つ夢が本当に自分の道になるのかを
        悩み10年間悩んだひとを主人公にした小説でした。


        視覚的な表現がたまらなく多く、情景はすごい。
        誰ひとりとして単純には救われない。救うのはもっと高次の精神での救済。


        毎日生命との淵にいる人、やりたいことをどうやってもやれなかった人をここれでもかこれでもか と書きます。

        そして、主人公で作家である「私」の妄想が始まる。

        妄想はえらく視覚的。ここは自分も漁船に乗っていたのか?転覆事故のさいの冷静さと起こる出来事がえらくリアリティがある。


        ひとは生まれながらにして不平等に生まれてきた。

        それでも 物語のモデル 木田金次郎は有島武郎の死後 画家になる。

        有島武郎が妻の死後に小説家になったように、木田も有島武郎に生み出された



        「小さき人へ」 は、完璧の直情 檄文とも言っていいほどの、子供たちへの未来の手紙。

        母を亡くした三人の息子にお前たちは不幸だ。

        生まれながらにして、平等ではなかった。

        子供へのはんぱないほどの愛情に溢れている。

        ここまでの愛情をきちんとストレートに書いて明確にしてくれるというのは子供心にどうなんだろう。

        母が死んでいなくなった。それは不幸だ。生まれながらにしてハンデを背負った

        お前たちを不幸だとなってほしくない。お前たちを守るために私は戦い続ける。 

        父親としての意思表示の文章

        自身が10数年たち大人になり
        かりに子供がいたら、この文章はどう思うするのだろう。

        「小さき者へ」、三人子供のひとりは名優森雅之(黒澤の羅生門など)

        この小説がかかれたのは大正2年くらい

        そしてその10年後から20年後に 有島武郎からの血筋がこうやって育っていった

        有島武郎はどう考えても、精神を病んでるひとの文章です。

        あまりに激情家でありながら、描写をする際は丁寧。差し迫ってくる文章は半端ない

        この人の作品は北海道の冬の寒さを知っている。

        自分は下北半島の漁村に少しいたからこの漁村の寂しさは本当に知っている

        凄いと思ったのは北の方言も違和感なく書いてある。

        冬の情景がアリアリと思い浮かぶ。

        北国の海は泳ぐところじゃない。魚の餌であるプランクトンが多い為

        魚を追って 北国にきた人間たち

        この二作はギリギリのところまで、死の縁を歩く。

        そのギリギリのところで戻ってくる。

        作品では、みんな生きて帰ってきた。


        さあ、でも物語と違って現実世界は甘くなかった。

        実際の有島武郎は、45歳の時に自殺をしたんだ。

        精神の問題を一切誠実にこなそうとし、

        そういう大問題に立ち向かいすぎた戦士だったのかも。

        物書きはあまりに精神、人間の深い部分に突っ込むから、命がけの仕事だということを感じさせられる。

        とても繊細な方が書いた激情の文章です。

        オススメしたい。


        2011年5月19日木曜日

        宿輪純一先生が主催している宿輪ゼミ 金融業界の一人者の生の講義は半端なく面白い

        宿輪純一オフィシャルウェブサイト




        金融及び通貨について彼を知らなければモグリだという。

        毎月第二第四水曜日に、ボランティア金融ゼミを開催してくれる。

        そこに参加

        宿輪先生
        今回のテーマは、米国経済 新興国(アジア)新興国(アジア以外) 中国経済 欧州経済 ラストは
        日本経済

        それぞれの現状と見通しを語ってくださいました。

        米国経済は、量的緩和策で、株が上昇し、商品も上昇した。株を持っている上層は豊かになった。

        株を保有していない貧困層は商品があがりインフレに苦しめられている。

        結果としてより貧富の差が開いていく見通し。

        その顕著な例として、ケース・シラー住宅価格 中古住宅販売価格が 南部が目立って下落してきた

        南部はヒスパニックが多く、住宅着工は堅調に推移する地域なのに悪くなってきた。

        困ったぜ。量的緩和策QE2は 市場に三倍ものお金を流したが それも6月末でお終い。



        新興国でも、アジアは輸出型なので、経済成長しつつも通貨価格は下げておきたい。

        インフレになるよりも、輸出に有利になるよう通貨を安くしておきたい。

        だからドル買いの介入を繰り返す。それは外貨準備高をみるとわかる。

        ドル外貨準備高が跳ね上がっている。



        新興国でもブラジルのような資源国はインフレが怖い。

        だから介入するよりも高めの政策金利をしておく。


        中国は、今年は政権が変わる年

        政情不安定に繋がるインフレは押さえ込みたい。

        とった政策は銀行がもっていなくてはならない預金準備率を20%に引き上げることで、

        市中のお金を少なくしてインフレ抑制を目指している。

        なんで、金利をあげてインフレ防止しないの?

        アンサー 世界中のホットマネーが中国になだれ込んでしまう。

        これは避けたい。だから、預金準備率で調整をする。

        日本でも使えばいいじゃんというツッコミには、日本の銀行貸し出しは5割だから意味ないよ と

        寂しそういおっしゃってました。 昔は預金獲得競争やってたんですよ!

        ヨーロッパ経済は

        ポルトガル、アイルランドがこけても EUのGDPの2%もない。

        だから、危機だ危機だと煽ってユーロ安に振っておいて輸出で儲ける。

        結果ドイツは最高の貿易黒字をたたき出す。

        ユーロから離脱するぞということは、イコールEUからの離脱になる。これを耐えられる国はありゃしない。


        でも、政治と経済は同じものではない。国家間は助けあう気持ちはあれど、

        一般市民は、遊んで破産した外国人をなぜ助けなくちゃならないんだと不満顔。

        結果として与党メルケル首相は負け続けている。

        来年の選挙までにEUの枠組みで財政権自体をEUがもってしまおうといういうのを画策


        日本は 基本的に地政学的リスクになっている。

        生産は戻ってきているので後半は爆発的にGDPは上昇し、株価もあがる。


        それでも、いい情報てそんなにないよね。GDPという指標だけで考えていたら日本はずっと

        負け続けるまんまだ。

        ほかの満足の基準をひとそれぞれ持つことが生きる上で楽しいことかもしれない

        もう一度自分自身を見つめ直して そんかことを仰られた。


        あと、夜に日記は絶対に書いては駄目。 暗くなりすぎるから 日記は朝つけなさい。


        以上、自分なりの講義録です。もちろん間違っているところあると思いますがご容赦ください。

        載せて駄目でしたらご連絡ください。

        チェーザレ・ボルジアことヴァレンティーノ公があまりに不憫すぎる





        チェーザレ・ボルジア というルネサンス期のスペイン貴族の人生は波乱すぎる。 

        漫画のチェーザレ の主人公なんだが、 

        女司馬遼太郎 塩野七生の30歳の時の恋人だった人 


        (妄想乙だが、その妄想力が半端無く淡々と書き連ねていく魅力がある。ラストに萌え死ぬんだね)


        塩野七生は文章に映像を駆り立てさせることが上手い。


        「P159 じっとものうげに彼らの方を見ているチェーザレの姿と、そのかたわらにかしずく女。この情景は、二人の老獪な外交官に
        いつもの冷静さを失わせた。彼らはそこに、完美と残忍という、官能の二つの鎖を感じ取ったのだ」


        漫画版は






        こんな貴公子おるのか!
        16歳でありながら、父が教皇という最高権力者の一歩手前 当然大金持ちで、美男子。
        無邪気で快活でリーダー気質もあり、反面怜悧な一面もある。


        最高のかっこよさを全部載せしたラーメンみたいな人間です。




        上の画も相当カッコイイのだが漫画版のほうが、ミゲルやその他の敵味方の絡みが想像しやすい。




        なので、チェーザレという漫画をイッキ読みしたあと、そのキャラクター映像で
         塩野七生が描くルネサンス1500年辺りを読むと、半端無く面白くなる。 


        漫画の利点は馴染みのないイタリアのルネサンスの人たちの顔を思い浮かべながら読めるから、親近感が湧くのだ。








        彼くらい日本人に馴染みがあれば、ワザワザ漫画で読む必要はないんだ。


        イタリア歴史漫画を描いてくださったおかげで、めちゃめちゃおもしろく読める。塩野七生もマキャベリも


        漫画自体が画の書き込みが半端ないのもある。




        チェーザレ・ボルジア ヴァレンティーノ公

        全てを持って、計画を立て、時勢にも乗り、腹心にも恵まれ、教皇アレクサンドル6世の子供であり、 

        軍隊がない状態から、フランス傭兵部隊を間借りして 

        ロマーニャ地方を席巻してロマーニャ公国をたった4年で作り上げた人。 

        チェゼーナで、片腕の公国内の内政担当 ラミーロ・デ・ロルカを惨殺 人心をまとめ上げる 

        公国を作りあげた途上で、父である教皇と共に病に倒れ 父の死後、幽閉される。27歳 

        以後人質生活を送り、脱出。義兄のところへ行き、スペインで戦死 31歳 

        2011年5月12日木曜日

        マッチポンプ売りの少女 読了!!




        マネー・ヘッタ・チャン 二作目

        2chのネタをきちんと取材して、それに童話風味に混ぜ込む手法は前作と同じく。

        読後感は、ニヤニヤしつつも ちょっと落ち込む。。。

        今作は、かげろう やら ユニセフ協会 マンション購入 婚活ビジネス 等々 時事ネタ満載


        みにくい天下りの子 という章が一番好きでした。


        一生懸命頑張ったらうまくいくわけじゃなく、世の中の世知辛い部分をこれでもか!と

        可愛らしい童話風味に描いてくれるのでとてもライトでありながら毒々しいネタを取り扱っている面白い本でした。

        2011年5月5日木曜日

        疲れすぎて眠れぬ夜のために 

        内田樹の意義は、競争が高まって疲れてしまったときに、別の見方を示してくれるところにあるとおもう。

        倫理観の本。

        テーマは「無理しちゃいけないよ」「我慢しゃちゃ駄目だ」

        関西人ぽく、現実的で、身体性が大事だと言って、合気道にハマったり、
        成功なんてクソだよ。もっと楽しい事は沢山あるしね。

        と言って、逆説的な物言いで人々を煙に巻いてくれる。

        なんにせよ、とても優しさに溢れている本でした。

        視野狭窄に陥りがちの現在を生きる人々(特に自分)に対して、一歩引いてみると、頑張れば頑張るほどドツボにハマる話をなんどもしてくれる。

        大学の先生、お坊さん、牧師さん、恩師、生きて行く上で欠かせない精神的な部分を充足する役割を意識的にこなしているように思う。

        痛んで傷付いているときはとても有り難い。失敗して逃げ帰ったとき、現在の中心的な価値観を否定してくれるから。

        そこで休んで、再び考えることのできる精神的な空間をくれる。

        人は簡単に壊れますよ。だから、無理しないでね。
        頑張っても限界はあるから、充足する部分を細かく設定しておこう。
        無理できるけれど、無理し過ぎると壊れます。

        人間には有限の可能性、限界があるから、自分が持っているものは、きちんと意識的に配分してあげなくちゃだめですよ。
        そこを、努力と根性で乗り切ろうと、毎回していたら無理が祟って壊れちゃいます。
        特攻精神ではなく、クールに現状を見れる勇気をもちましょう。
        自分のなかの自分に不寛容であることで、生じる摩擦や苦悩は、いったいその人をどうしてしまうのでしょうか。
        我慢は身体に悪いよ

        レイバーとビジネスは違うよ。ビジネスは創意工夫ができて、それにリスクを取れる人を言います。
        決められた仕事を決められたようにやるだけだったら精神的に疲れるのは当然だよ、と言ってくれます。

        正直、この言葉だけで有り難い。もっと頑張れ、ヌルイ、甘えるな の言葉のなかで育った人間からするとなんて優しい人なんだ!

        人間において一番辛いのが、評価も査定もされないこと やりとりがあること

        個性的であることは、他人からの承認を求めない、認められない、愛されない ということ という。

        「「個性的であること」を否定するのは常で、否定しても否定しきれないところにある」のが個性という表現はたくさんみるけれど、「個性は愛されません。」と言い切ってしまうところが好きです。

        らしくふるまうこと、キャラチェンジは しゅごキャラを思い浮かんでしまいました。
        一枚自分の間に入れて、こういう風に振舞うと決めてしまうところなんかは良い。

        式神を入れて、合わなかったら捨ててしまえ 人格なんて作り話なんだから。

        だからこそ、物語をつむぐことは、多くの人間の感情をダイレクトに刺激することができる

        幻想の物語を必要としていると纏めてくれます。

        幻想なのかもしれないけれど、日本が明治時代に創り上げた物語がどうやって今に影響を与えたのかを最後の章で披露してくれます。

        この人の本は、疲れ果て考える余裕がなかった自分にとって考える事を優しく教えてくれました。

        2011年5月4日水曜日

        仙台 名勝松島 に遊びにいってきた。 4月29日 4月30日


        ベガルタ仙台ユアテックスタジアム

        色が変わっているところまで津波がきた。

        観瀾亭より


        松島の復興取材中のカメラクルー

        松島遊覧船のかもめ達

        円通院庭園

        円通院

        松島 瑞巌寺 庫裡

        五大堂
                        
        透かし橋

         
        はやぶさ
        4月29日30日 仙台へ遊びにいってきました。
        仙台の名勝松島は、国道45号を通じて、石巻への拠点となっていた。 

        松島のホテルが基本的に復興の業者の泊まる所になっている。 

        津波は怖いと思ったのは、海沿いのお土産屋さんは一階は全て壊滅している事。 

        泣けるのは、張り紙に頑張ろう宮城、頑張ろう松島、 
        が至る所に貼ってある事。頑張ろうという言葉が痛々しかった。 

        松島の橋は一つは流されて、一つは通行止め、一つは無傷。 

        瑞巌寺は無傷。さすが政宗のお寺。悪運が強い。 

        東北最大の独眼竜、秀吉の奥州再仕置きで、本拠地の米沢から、仙台へ追いやられた伊達家は、どんな気分だったのだろうか。 


        瑞巌寺には伊達政宗の鎧があり、木像もあるので、あの三日月の鎧兜を見る事ができる。 


        松島の人は、松島に高いプライドを持っている。
         
        だから、決して大変ですね、とかは言えなかった。 

        地震の見物として行くには余りにも酷い有様だった。 


        ホテルは、まあそこそこやってる感じ。 

        最大の楽しみは、遊覧船で、カモメが間近すぎるほどに見れる 
        カッパえびせんを上げるとうまい具合にかぱえびせんだけをクチバシで取っていく。

        とても近くで見れて怖い位。 

        復興翌日だった為、カメラクルーが三組乗っていてました。

        レポーターの人と遊覧船のガイドさんが 

        「松島は、負けません。

        皆が戻ってくる八月までに、お迎えできるようにしたい」


        といっていたのが印象的でした。

        震災一ヶ月以上のときは、松島はなんとか回復に漕ぎ着けた

        5月の半ばにいった友人は 一階部分はお土産屋さんけっこうやってたよと言っていました。

        着実に復興していっているのを聞き、少し嬉しくなります。

        ただ、まだまだ道のりは長く、メインである夏休みまで頑張っていかれるのでしょう。

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