2010年5月29日土曜日

「結果を出す人」はノートに何を書いているのか ようやく通読し終えた。

「結果を出す人」はノートに何を書いているのか
 飛ばし飛ばし読んでいたが、ようやく通読し終えた。
美崎さんに2009年にお会いすることができた事が自分にとって凄く財産になっている。
自分にとってのブースターとなる人間の一人だった。

弾子飼さんのブログで紹介されていたときは鳥肌ものだった

ノート術の本
その根本概念は、ノートは忘れる為に取るものだ!

母艦ノート
メモノート
スケジュールノート
三冊のノートを使っている、仕事ができるひとのノートの取り方を公開している。

メモノート、これは捨てがちだが、美崎さんは取っておき、母艦ノートに貼り付けるそうだ。
そうすることで、状況などを思い出しやすくするとのこと。

母艦ノートがメインノートになり、ここにすべての事柄を時系列的に貼りつけていくとのこと
分野別に作ったとしたら何冊も持ち歩かなくてはならない。そして、思い出すとき、時系列的に
貼っておくことで、大体の目安がつき、発見しやすいとのことだ。
そして、一コンテンツ一見開きにするとのこと。何個も混ぜない。
そして、付箋を使うことで、検索性を高め、すぐに懸案事項に戻れるように設定しておく。
忘れがちな事が日付を入れると言う事だ。そうしないと検索ができなくなる。

これらのアイテムを使って、(メモ、アイディア、)予想 実行 結果 を一枚のノートに残しておく。
自分の仕事の成果がどうだったかをきちんと見えるようにしておく。わかるように色分けなどをしておくと便利だと書いてある。

スケジュールノートはタスク管理と、どうスケジューリングして、どのくらいの成果で実行できて
どのくらいできなかったかを見極める為に使うとのこと。 
一番大事な肝の部分をこう管理している


ビジネス書は実行してこそ意味があると書かれている。なので、まずは母艦ノートで予想と実行と結果を書くことをしてみようと思う
一冊一つ身につければ十二分だ!!

さあ、ひとつ読み終えたからには、実行をしてみよう。
色々と振り返ると、それなりに2009年は人と会っていたなという事がわかってきた。

宿輪先生の映画と経済学本

http://www.shukuwa.jp/ 宿輪先生のシネマ経済学入門 ローマの休日とユーロの謎

月に二回、宿輪純一さんは、宿輪ゼミというボランティアのような講演を開催している。
殆ど持ち出しばっかりで、マイナスになっているそうだが、いろんな事を学べる。

この本も、映画については、本当は定年後に書こうと思っていたが、
いつまで生きられるかわからない、やりたい事ができなくなるかもしれない事もある
だったら、定年まで待たずにすぐにやろうと考えて、書き始めた映画評論コラム集だそうだ。

ローマの休日に込められた意味(人の犠牲の上で成り立つ楽しみ)
アン王女は苦しい日常を送っているのだというメッセージが込められている。

1953年に公開された映画。それまでバラバラで戦争をしてしまったヨーロッパが復興の為
欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の設立時期だったのだ。
そこにローマというヨーロッパの中心、を舞台にした映画を作られた意味があったと教えてくれる。

こういった具合に、映画の作られた時代背景とこの映画の伝えたいメッセージはいったい全体
なんなのかと言う事を事細かく説明してくれる。

もともと、「シネマ」と「ムービー」は違う。「ムービー」とは移民の国アメリカで、言葉ではなく動きで意味を伝えられる為にムービーとなったと言う事を教えてくれた人だから。

アラビアの話しやダイ・ハードと規制緩和をつなげて話すのは凄いよ。

そして、この本を読んでお母様がファッションデザイナーだと知った。
その人にちょっとネクタイが長すぎておかしいかもって言ってしまった自分て。。。。

宿輪さんが映画年間250本観ているのと、宿輪ゼミを開催しているのは、根本は愛情と情熱だよな
あ。

2010年5月28日金曜日

ふしぎの国のアリス を 生まれて初めて読んだ

ふしぎの国のアリス(角川つばさ版)

子供の頃に読みそこなうと、一生読まないで終わった本だ。映画化ということで読んでみた。
http://ascii.jp/elem/000/000/508/508324/の紹介文で角川つばさ版を選んだ。そして、面白さというものが、本当の意味で理解できないで終わってしまう気がする。

アリスが自分のなかではそうだ。
ぜんぜん内容のナンセンスさが面白さとしてはいってこない。
味気ない。面白いんだろうと思うんだが、
トランプでしょ!といった所で、ふしぎの国から、川べりのお姉さんの膝枕で昼寝している現実に
戻るという所がぐっときた。
そして、このアリスという少女が持つすてきな想像力や心がどう育っていくのか、それを思い浮かぶ
お姉さんに親近感をもった。

挿絵は可愛い。可愛すぎるので、イメージに引っ張られてしまったかもしれない。
でも、読み易い本だった

ようやく嵐が丘を読み終え、文学少女二巻を読める。

嵐が丘(河島弘美訳)

翻訳って難しい。良い訳に出会えなければ文章は死ぬし、、かといってこれで食っていくほどには
稼ぐ事はできない。だから、作家が手間をかけてやってあげなければならない。

ようやく嵐が丘を読み終えた。
読み始めてから10ヶ月ほどかかった。
ヨーロッパの恋愛小説というのは苦手だったのだけれども、
ライトノベル文学少女シリーズは
名作のネタを使いながら物語がすすんでいくので、どうしても読まないと気が済まなかった。

キャサリンとヒースクリフと、二つのお屋敷
嵐が丘と、スラッシュクロス
アーンショー家と、リントン家、 二つの血筋と、
苗字の無かった孤児である少年ヒースクリフの人生の物語

エミリーブロンテ28歳の作品 そして二年後に30歳で死去。



バイト先で一緒だった17歳の浅黒のアメリカ人の可愛い女の子が
原書で読んでいて、 この本を見るとそんな個人的な思い出になる。
あの子はいったいどこでなにをしているのか。

そして、その子にではないけれども、フラレてしまった時期にちょうど読んでいた苦い思い出の本でもある。

恋愛小説として、あまりに激しい話し。すべてをキャサリンの元に帰っていってしまった
ヒースクリフ。どんなに卑劣な事をしても、それが死者になったキャサリンの亡霊に突き動かされて
しまっていた苦しみが伝わってくる。
そして、結末のハッピーエンドに、すべての人が感謝する終わり方。そして、ヒースクリフの人生。
ああ、名作ってこういう事をいうんだなというのが理解できた本だった。

2010年5月23日日曜日

天地明察を勧められて読んだ

天地明察
お医者さんからこれは面白いと言われ、その日に買って、その日に読み終えた。
そのお医者さんは頭はすごくいいのに、こんな天才に自分はなれないよと言っていたのが印象的

渋川春海の日本独自の太陰暦を創る為の物語。
一番最初の渋谷の金王八幡神社という所に掲げられる絵馬 、算額奉納、 
この導入のおかげで、これが時代小説であり、自分たちの国の過去の物語であることが繋がった。

雁鳴きて 菊の花咲く 秋はあれど
春の海べに すみよしの浜

雁が泣き、豊穣な秋はあるが、自分だけの春の海辺に住み吉たる浜辺が欲しい。
己にしかなせない行いがあって初めて成り立つ人生の浜辺である
 秋を飽きとかける。

これで、ぐっと掴まれてしまった。自分の心情とそっくりという気持ちに読者皆がさせられたと思う。

解答さんという謎の和算の天才武士が関孝和という人間で、尚且つ同い年であるという。
同い年というのは、本当に苦しい。部下が年上でも、上司が年下でも大丈夫だが、
同い年の上司というのだけは、どうしても上手く接する事ができなかった。
それだけ、本当に意識をしてしまうのだ。その天才との対決に、無術という問題を出し、腹を切るほどの苦しみをずっと胸に終いながら春海は進んでいく。

そして、若者は幕命を受けて、天体観測の旅にでる。
そして、そこには60に近い二人の上司がいる。彼らの天体に対する思いや、その旅路のなかで
思いを伝播されていく。

そして、江戸に帰り、今度は政治という舞台で翻弄されていく。

それにこの春海はだいぶ翻弄され、そして六番勝負で負けてしまい、絶望の縁に追い込まれてしまう。

その中で、天才関からの叱責を受け、最愛の妻えんを再婚相手に向かい入れて、再度暦の研究を勧めていく。そのなかで、間違っていないと思われた中国の授時暦自体が間違っていたという事を
伝えられる。
このくだりがこの話しの名場面だった。この怒鳴った関、権力に恵まれず、才能をフルに生かしきれなかった天才が、春海に託したシーンは怒涛の展開だった。

その後、研究を勧め、再度改暦の儀までこぎつけて、その時に京都で様々な政治的活動をすることで大逆転勝利を収めるという結末だった。

最初の旅と、敗北した改暦の儀から、立ち上がってきた。ここがこの小説の魅力だった。
勧めてくれた医者も、その部分を伝えたかったのかもしれない。

2010年5月20日木曜日

1Q84book3

1Q84book3
面白かった。

1q84の三部26章

テレスクリーンとリトルピープル

ようやく1984と繋がったよ!!!
それを理解するまで長かった

ここからの展開が怖い。

結論をどちらにもっていくか
1984側か、それ以外側か
1984が失敗で終わったので、1Q84はどちらで終わらせるかわからなくて怖かった。

イスラエルでの話しがこの本に引用されていて、同時代を生きている事を再認識

ユングの塔の話しが出てくる。タマルが話してくれる。

河合隼雄を思い出してしまう。

京大の数学科をでて、心理学に転向して、
ユング心理学というマイナーなものを日本に立ち上げたひと。
業績はしらんが、熱狂的ファンがいる。
仕事的には、成功したのかわからない。
殆ど意味を成さなかったのかもしれない。
社会的には成功したが。
ただ、人間性には、みんな魅了されたよなあ。
あの穏やかな雰囲気と、内省的な知性と、優しさに。

仕事の成果と、人間性は別物なんだと感じさせてくれた。

17章339ページ
ここでいくつかの「もし」が我々の頭に浮かぶ。もし、タマルが・・・・・

ここの我々て読者の事だろう。村上春樹の小説のなかに、司馬遼太郎のような作者視点が書かれていたのは初めて読んだ気がする。

431ページ21章
死者に自然な敬意を払う。死ぬという個人的な偉業を成し遂げたばかりなのだ。
この言葉は心に残る。

31章588ページ

ここは見世物の世界
何から何までつくりもの
でも私を信じてくれたなら
すべてが本物になる

無事に1Q84から帰ってきた。
深くは潜れなかったというか、知らない間に入り込んでしまったなか、抜け出す物語だった。
穴に入った自覚はなかったのに、それを知覚して、抜け出すという展開はスリリングでした。

解雇は転職のチャンス

大事なのは今のあなたじゃない。この先、どのくらい上を目指そうと思っているかだ。

改訂版じゃない旧版を読む。
ちょうど、解雇されたときに読んだから、ものすごく思い入れはあった。
そして、これを買ったときに抱いていた夢や野望みたいなものは、
本当に守るのが大変だったということに。

過ちを犯し続けたと言う事に好意的に捉え、夢を描かなくなったことに対することに
批判をする。夢の大事さは、守るのは、並大抵のことではない、この5年間で読み直してわかったこと。

だからこそ、夢をいだけと、皆いうのだということ、も理解した。

お客様がやかましい

お客様がやかましい

小売業で働いているからものすごく理解できる。
こういう傲慢なお客様もいるよね。

確かに最初に書かれているように「私」を認めてくれるという存在はなかなかない。
自分自身をそれなりに認めてもらえる、尊重してもらえる場所は少ない。
だけど、買い物中は人として尊重してもらえる。それだから購入するひとがでる。
お店も売れるからエスカレートしていく。そしてちょっとでもダメだとクレームになる。
無理強いを強いてくる。
カスタマーの無理強いは無理強いじゃない。ある程度怒っていてもいろんな人がいるもんだな
と言う事で解決できる

それよりも、会社から、お客様の意思を大事にしていこうと強要されるのは辛い
ほとんどこういった方法でやりましょうとか決められてしまう。
売れなくなってくると、現場でできる差別化はもう接客を強化するという方法しかないわけだ。
情報源は本体が握っているので、下から上がってくる情報が生かされる事はないだろう。

そうすると、飽きちゃうわけだ。マニュアルにしたがって行動していればいいわけで、
心あらずになり、それがお客様を侮辱したようにとられてしまう。不満は排除されるかもしれないが
こちら側、売り手側の不満は高まってしまう
そして、すさんじゃうんだよね。

お客様主義は確かに拝金主義の裏返しかもしれない。

2010年5月19日水曜日

雅子さま論争 日本の女性の歴史でもあったのか

雅子さま論争
もう20年になるのか。
あっという間の20年だったように感じる。
こんな風にこじれる問題だとは思わなかった。
日本最大の家である天皇家で生じている女性について論じられている本

皇室というものがここまで開かれるようになったのは、美智子皇后の新婚時代
彼女がスーパーすぎた。60年代の革命で王室廃止の機運を裏手にとっての
高度成長期の夢を実現する夫婦として生きてきた。

雅子さまは多分無力感で満たされているというのが論調。
あれだけ有能なひとが変えられなかったわけだ。
有能の種類が違ったのかもしれない。
能力だけの問題ではなく、国力の低下時期にやりたい事をできずにいて
他のひとと同じように自信喪失と苦しみに巻き込まれてしまったのかもしれない。
そして、期待はされるが、それは望んだものではなく、、、

雇用機会均等法は夢を与えてくれた。そして、道を広げてくれたけれども
先頭にたつものとしての、苦労はハンパなくあったのかもしれない。

この雅子さまという有能な人材がスポイルされてしまった皇室の大きさというものと
何かをするときには、流れがきているときに、迅速に行うこと。

最初期だったら、雅子妃殿下が望んだ皇室外交だって人気があったらできたかもしれない。
そんな夢をみてしまった本だった。

日本の財閥の歴史入門

日本の15財閥 現在企業のルーツをひもとく

初め、期待して、そのあと、落胆し、後半になり、面白くなってくる。
財閥というと三菱、三井、住友、安田、くらいしか知らなかった。

だから、最初の部分では、三菱、三井、住友の話しばかりで、井上馨や
官営工場の払い下げの話しやらで最初の財閥の話しは面白くない。

だんだんとこの本はマニアックになっていき、戦前の財閥がどうやって戦後の6大グループ
に変遷していったかの経緯まで説明してくれる。
銀行が中心となったグループ編成に集約されていくなか、
古河や渋沢や山口銀行、野村銀行、など今は無くなってしまい名前だけが残った企業が数多くある

本当に、昔というのはこういう企業グループで一体化していたんだなというのがわかる。
そこの中心に銀行があり、商社と重工業があった。

各々スタンスは違ったりするが、昭和恐慌という波、敗戦とGHQの財閥解体の波、1997年の大不況の
この三つのなかでどう生き残っていったか、生き残れなかったか、そういった歴史でもあった。

まるで、武士の家計簿をみているかのように、入り組みながらも生き残りをかけていく姿をみるのは
まるで時代小説を読んでいるみたいで面白かった。

2010年5月12日水曜日

はじめて9条に関する本を読んだ

9条どうでしょう
内田樹と小田嶋隆に惹かれて読んだが、面白かった。

もう、確かにこれは本当に日本が敗戦したんだと言う事をことごとく思い出させてくれる本。
アメリカの為に作られて、それで、それがうまい具合に日本の現実と合わせたので、

で、日本はそれを見ないふりをしてきた。ようやく護憲派の言っている事が理解できた。
日本は戦後、戦争責任なにもしていないじゃないか。
国内で9条二項と自衛隊の矛盾を見ないようにしているのだから
それは正論だったんだなあ。

日本人はアメリカ人を怒らせることについては、極めて勤勉である。
考えたことなかったが、名言じゃないか。

古→←今 比べてわかるニッポン美術入門

むかしといま 比べてわかるニッポン美術入門

美術書なのに、ハードカバーでなくて、持ち歩きやすく、紙も良いが、軽い。 そういった細かいデザインがしっかりしている本だから、嬉しくなる。

同時代性だけでなく、美術のもつその国固有の流れを古典と現代美術を並べて紹介してくれる。時間の流れ、その考え方を示してくれただけで見方のひとつができたので良かった。

どうしても日本という国に暮らしていると、優秀なものは外から入ってきて、それを取り込んでうまくなるという歴史の繰り返しなので、中での評価が外からどう見えるかわからない。 ただ、こうやって本の形に残してくれて、それも英語出版もやる予定らしいので、そうすれば、図書館には残る。言葉が無くなったとしても、この2010年時点での考え方がきちんと残るということは素晴らしいことだと思う。

美術の授業で、日本の絵画の歴史を流れに沿って紹介してくれたものって無かったな。だから、この画を見てわかるのは、綺麗かどうか、教科書で見たことあるかどうか、 見立てという考え方自体、きちんと成立していることを知らなかった。日本の美術史、全て断片的にしか知らなかったんだと言う事を考えさせられる。

歴史の流れをきちんと紹介してくれる。上手いことその流れのなかに、作品群を当てはめる。

そして、それが今のどういった事に影響を与えてきたか、絵画にはそんなに興味はないのだけれども、

この日本史というか、そういったものに、大変興味をもてた本だった。 

人はなぜ学歴にこだわるのか。 は読んでいて本当にきつくなる

小田嶋隆の本を取り敢えず殆ど読み終えた。
人はなぜ学歴にこだわるのか。 たぶん3回目位読んだ気がする。
立ち読み二回、図書館1回、 買ったことない本の方がきちんと読むのだなあ。

差別問題。日本人のなかでとてもメジャーな差別。加害者にも被害者にもなっている。

隠されるものであること。
嘲笑の対象になるもの。
ランク付けされることにも繋がる。

自分もこの病気に罹患してる。
学歴ラベルによって、価値が決まり、それで判断してしまっています。
そのなかに、自分がうまくラベリング出来なかった悔しさとかも滲んできてしまいます。
治せないものだと言う事はわかりました。

罹患しているのだから、放置していくわけにもいかず、上手いこと自分の目で見れる眼力を
つけなくちゃいけないな、という全うな結論に達しました。
病気にかかってしまったので、その伝染病の解決策は
全くかかっていなかった人から生まれてきてくれる
のを願うしかないのかもしれないです。

2010年5月8日土曜日

フットボールの犬 欧羅巴1999-2009

フットボールの犬 久々に心から読んで面白くて止まらなかった。

宇都宮徹壱さんが欧州のマイナーリーグ それもフェロー諸島やマルタ 旧DDR(東ドイツ) 
此の人のライフワークのひとつであるバチカン諸国。

テーマは「フットボールのある日常」

かれがグローバル化によって、どんなにのっぺりした街並みになってしまったと言っても
やはりサッカーには、そのクラブの特色、広くはその国のサッカー文化の特色が現れてしまうもの
なんだという事を教えられる。

サッカー協会の立ち上げには、様々な問題が絡んでいた。ソ連崩壊から始まる政治的独立や、国家消滅した為に代表チーム自体がなくなってしまうという自体が起こってきた。
独立国家もだいぶ増えた。
これが確かに1990年初頭だった。その後のサッカーは、グローバル化での均一化と
テレビの発達していき、あまり差が激しくでないものになっていったのかもしれない。

この本でいまでも嬉しいのは、どんなにスタジアムで罵り合っていても
やはりそれはサッカー、フットボール好きという仲間意識というものがあるのだ。
トルコの章で、ライバルである ベシクタシュのファンの車に、フェネルバフェチェのファンの車がクラクションを鳴らしたシーン、
素晴らしい試合を共有したもの同士、この交流がフットボール観戦の原点だなと思ってずっと記憶に残った。
グローバル化してしまったかもしれないけれど、
実際に目の前で見れるのはJリーグだし、スタジアムでの熱狂や、自分のチームと言われたら
バルサでもなく、浦和レッズなんだという事だ。どんなに糞サッカーだったとしても。

目の前で展開される事よりもスタジアムに行ったりするこの高揚感。
こちらを全世界で、マルタやフェロー諸島のひとたちも感じているのだろうな。

 この人の本は、本そのものの、未知のものだけれども、興味があることに対して
真摯に取材してくれる。足をきちんと運んでくれるので、写真も生きた写真が載っかるし、
文体も大好きなので、これからずっと過去の作品を読んでいこうと思ったジャーナリストだった

こういったファンになれる人を見つけられるのは嬉しいことだ。

本を読む楽しみ

インヒズオウンサイト ネット巌窟王の電脳日記ワールド

本をよむことがとても好きです。
本は投資であり、それを実行してこそ意味がある。
それはひとつの楽しみだと思います。
娯楽であり、純粋に想像力の働くままに動いていく人々を読んでいくというのも、ひとつの楽しみ方。
古典名著を読み、そこから叡智に触れるというのも楽しい。

いま自分が一番楽しい読み方は、回顧すること。
そろそろ90年代後半から2000年代半ばにかけての記憶が落ちかけていまして、
その時に書かれたコラム集をいま2010年の視点で読むと、面白いです。

ただただ、そこから何かを学ぼうというのではなく、

昔の写真を見て懐かしかったり、郷愁にひたったりする。 
そんな感じの本の楽しみ方をしています。

これには、本と、自分の人生がマッチしなければ起きないのですが。

新作の勢いはなく、古典ほどの重厚感はないのですが、
同じ時代の同じ空気を吸ったひとならわかるよね。的な感覚がとても面白いです。

此の本からは、その雰囲気を存分に味わいつくせた。

tokyo異形を見て

TOKYO異形を見た。写真集なのに、そんなに敷居が高いような感じもせず、
値段も1800円と安い。
東京新聞写真部という新聞社が発行しているからだろうか。
美術書の高さには辟易していたからありがたい値段設定。

東京で使っている電車や、通路や街の写真、でもそれを視点を高くしたり、ローアングルでとったり
何百枚も撮ったりするなかで、至極の作品が生まれてくる。


問題は、自分は東京で働いているが、生活していた時期は5年も無かったので
ここに根づいている精神性までは分からない写真が多かった。
凄いなあというのもあるけれど、やはり住んで、そこに人間関係が生まれて、
地域の人間になっていたら、この写真の面白さはわかるんだろう。


だから、東京新聞という新聞社が出したのも納得する作品。東京に住むひとの為の
現代東京を切り取った写真集

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