2010年12月23日木曜日

建築設備の超入門バイブル



いまの仕事が設備屋さんになったので、
この本を読んで勉強した。

ものすごいわかりやすい本。

バルブの向きから、ダクト、給水、排水、図面記号から
ガス設備、空調設備、住宅環境のものなら、最初の入門として本当に役立ちました

便利すぎる本です。

1ページひとつの内容しか込められていないので、本当に大事な部分だけを描いてくれている

下の漫画も、著者自身が書いているので要点がしっかりと掴めてわかりやすい本。

これを踏まえて次のステップに進む。

この本読んで、設備の仕事がこんなにも楽しいもんなんだという幸福感感じました。

入門書とはかくの如しありたいものです。最強の一冊でした。

2010年12月20日月曜日

ゲームの作り方からゲーム開発者の仕事内容まで幅ひろく網羅された本



多分馬場保仁さんと10分くらいお話をさせて頂くことがあり、

とても頭が良く、すっきりと明瞭な方なんだなあ

という印象を持っていた。

本もそのとおり明瞭に書かれている。

ゲームの定義から始まり、ゲームの作り方、関わる職種、人数から作業フローまで、網羅していく。


読んで感動したところは、ゲームはソフトウェアだけれども、

製作者がゲームの場面あらゆる全てを経験することができないというところ。

何兆通りもあるパターンが再現されるから、バグがどうしても発生しちゃうという点

そして、ゲームが最終的に面白くなるのは、ブラッシュアップでバグ取りをしているときに

ゲームバランスを調整していくうちにどんどんと面白くなっていくという点。

このバグ取り作業で製作者がゲームをやる側に回ることができる。

ここで形になったゲームをやってみて、見えてくる物があるらしい。



ビデオゲームの面白さはなんだと言われれば、「答えは必ずあり、頑張ったら必ず報われる所。」

報酬がきちんと支払われることなんだ!

偶然を遊ぶということよりも、ゲームバランスを作り上げながら

製作者がたくさん仕込んだ楽しさを追求していくことがビデオゲームの楽しみ。

きちんと支払われる報酬が保証されていることがゲームをやる喜びなんだなあ。


二章ではゲーム開発に関わる職業紹介。ゲーム企画がどうやって商品化されるかの説明

ラストのブラッシュアップでバランス調整で、どのゲームも相当レベルまで面白くなるというくだり。

仕事のワークフロー等々。

細かい。。企画時の一日のスケジュールから 製作時のスケジュール 最終日までのスケジュール

本当に丁寧に書かれている。

アイディアひとつを数年単位で、ゲームまで仕上げていくゲーム開発者の根性を感じる本だった。

坊主業界はこうなっているわけか



坊主業界、お寺は経済的にはどうやって管理されているのかを現役税理士兼坊さんが示してくれる良書だった

地域にあり、所有物でオーナーであると儲かるが、

基本的には坊さんは地域のものであり、

年中無休、もしくは近場にいるのが仕事であり、

その制限分だけ税金を免除してもらっている存在てこと

あとは、ほどほどの常識と人格を求められる存在であること。

税金が安いぶんだけ、色々と制約はあるし、跡継ぎ以外が坊さんになっても困るんだともわかる。

普通にダブルワークしていたりするもんだともこれを読んで知ることができた。

こういう業界ウラ話系は、うわさ話をしているみたいでぞくっとする。

住まいを探しているのなら、お寺がサイドビジネスで展開している土地を借りると、

通常よりも税金が安いためいい物件に合いやすい所は目からウロコだった。(ケースバイケースだとしても)

お墓をきちんと決めておかないと、葬式と、その故人の宗派で異なる場合があり、

その際、二重にお布施を払う必要がでてくることとか、参考になります。本当にこの本は。

30分もあれば読めちゃう軽い本ですが。

復活した武将 立花宗茂






立花道雪の娘 誾千代の婿で  高橋紹運の長男  

大友家の重臣 のちに筑前柳河の大名になる人生。

大内家支配下 のち大友支配下に入った秋月氏の反乱が


ここまで大きな存在感を持っていたのかというのが読後の感覚だった

秋月氏 秋月氏高鍋藩に移封となり、上杉鷹山を輩出している。 




戦争の間に入る寸劇はちょっと恥ずかしくなってくるかもしれない。 

童門冬二の本はへんに説教臭いところがある。 


上巻は 関ヶ原に西軍に付き、負けて浪人生活をしているところから始まり 

そこから時間を遡って幼少期から父高橋紹運戦死、豊臣の九州征伐まで。 

鎮西一なり と秀吉から評されるところまで。 

立花宗茂の一生の流れを知れることができるので歴史小説は読んでて楽しい。


下巻は 

立花宗茂が13万石を手に入れ、 


その後、関ヶ原の戦いで敗れ、 


その後に復権するまでの軌跡を歴史小説で書いている 

関ヶ原の戦いあとの征夷大将軍になりかけの徳川時代が舞台。 

戦後のまだ緊張した状態は残っていて、加藤清正との所に居候したり 

江戸の町でお伽衆として秀忠に仕えていたことも書かれている。 

この愉快で忠義ものの集まる元大名の立花家が織り成すホームドラマになっていく。 

それが大友家の重臣だった立花家 の勇将 由布 惟信 だったり小野 鎮幸だったりするのが 

笑えましい。 

本多正信に就職斡旋してもらったり、 

忠義一徹で、城を失ったのに、 

最後にはその忠義一徹が評価されて 

関ヶ原後、領地没収から15年経って、旧領、柳川に復帰したというとても面白い経歴を経た人間。 



本当、ひとはなにがどう作用するのか、本当にわからないということを教えてくれる。 

立花宗茂の頑固さは筋金入りだ。忠義という倫理観がめちゃくちゃつよい。 

そういう固い人間というものを触れるのも当時の人達も悪くない気持ちになったんだろうなあ。



裏切り者ばかりの世の中には清涼感あふれる存在だったのかもしれないな。 

2010年12月10日金曜日

細川ガラシャ夫人 明智光秀の娘であり、細川忠興の妻であった人





三浦綾子の本  

歴史小説の本の常として、 

後年は歴史的出来事がきっちりあるので 

その時の出来事を書かなくちゃならない。 

そうすると歴史的出来事を追いかけるだけでおわってしまう 

なので、歴史小説は資料が少ない為、いろいろと想像力膨らませて作られる上巻のほうが好きだ。 

名前だけは知っている、でも、細川ガラシャ夫人のことは、詳しく知らなかったので想像以上に
楽しめた本だった。 

前半の明智光秀の次女として玉子が坂本城で暮らしているとき、明智光秀はとても人間味あふれる


人として描かれている。


戦国時代の小説や漫画によって描かれる性格が違うもんだが、


ここまで父として、夫として 素晴らしい存在感を示している明智光秀は読んだことがなかった。


後半になると、この玉子(ガラシャ)の人生は過酷の一途をたどっていく


光秀反乱で、主家信長を殺害、天王山で敗北、殺害。一族全てを皆殺しにされる。


明智光秀の娘、玉子は忠興になんとか生かされて味土野に幽閉される。


常軌を逸した嫉妬心でいっぱいでありながら、愛しすぎて、愛しすぎて堪らない細川忠興。


それと、細川家の当主として、生き残っていくために、玉子をどうするか苦しむ忠興。


大名としての忠興、夫としての忠興。二つの忠興が内面でぶつかりあっている。


忠興に信長公の姿を想像させるところは、玉子の存在が


本当に細い一本の糸しかないことを想像させてしまう。


人生を苦悩と捉えた人間?


その苦悩を与えてくれた神に感謝します という祈りの心を持った人。


戦国DQN四天王の細川三斎さまを夫に持つ以上、並大抵の精神の持ち主ではなかったか…


関ヶ原の戦いの前、石田三成の人質になるのを拒み死を望んだ夫人。


利害損得で動くのではなく、人間としての情熱で動いていた人間として描かれているので


最後の死ぬところも、哀しいのだが、ひとつの生き方だったと受容できるものだった。


さいごの辞世の句


散りぬべき


時知りてこそ


世の中の


花も花なれ


人も人なれ




人間が人間らしく生きるために命をかけたひと。



2010年11月26日金曜日

息がとまるほど 読了

息がとまるほど





昔の会社の先輩が面白いよ!と勧めてくれた本 

有楽町のイトシアに入っているTSUTAYAで購入した。 

8編の短篇集に書かれている女性たちはなにかしらの恋愛沙汰を抱えている。 

唯川恵という小説家の本は初めて読んだ。女性作家であり、女性から薦められた本だった。 

そんな機会に恵まければ自分からは手にとることは一生なかったと思う。 

銀座のホステスの話の「ささやかな誤算」「蒼ざめた夜」が好きだ。 

8短編、全て女のひとが出てきて、「綺麗さ」や「若さ」、を失いつつある側が基本的に主人公だ。 

男性が書く小説で何かを失っていく日々を書くというのは読んだことはあまりない。 

むしろ無から、なにかを得ていく方向へ、、そして得たあとに失うって物語にはなるだろう。 

女性の場合、最初から若さというものを無条件に与えられる。そして時間がたつごとに 

どんなに抗っても 

失っていくという悲しみがある。それをこれでもか、というほどに強調して書く。 

読後感は冷や汗をかく感じ。すっきりとするのではなく、もやっとしたダークサイドを覗きみた感覚。 

そういった感覚に触れたいときに、この作家の小説は良い。 

2010年11月25日木曜日

地域再生の罠を読み終えて






本質は地域社会の活力を取り戻すためには、地域の住民側からの自発的な発生こそが成功の鍵といっている。 
そして、それは他者からマネをするのが本当に難しいことである。 

なぜなら地域、地域それぞれに抱えている問題は個別のものであり、それを解決するというのは個人個人の知恵の結晶であり、マネできるものではない。 
それを無視して安易な模倣に走った結果、無駄な箱物公共施設が乱立するという公共事業の無駄という自体が発生したのだという論旨。 

マスメディアの罪にも突っ込まれていて、公共施設、大規模商業施設を誘致して最初は盛り上げても持続性がなく失敗続き、さらに失敗してもプロパガンダで、成功事例にねじ込んでられたりする。 

本で舞台になっているのは、宇都宮市、岐阜市、長野市、福島市、富山市、松江市  
地方の県庁所在地だ。ここが行った施策を元にこの本は語られていく。 
ここで自分が行ったことがある街は岐阜市のみだが、岐阜市が路面バスを赤字のために廃止しながら 
コンパクトシティ化に舵を切った。 
矛盾した政策の結果、岐阜市は荒廃している。行ってみるとわかるが、もの寂しい街がそこにあるのみだ。 
織田信長を生んだこの過去の先進地域は現在は最も保守的な街になったというのが地元出身の友人の言葉だった。 

つぎに観光地のブランド化戦略について意見を述べている。ブランドで成功したといえば小樽の寿司だ。ただ、そこに来ても一部の業者しか潤わない。ブランド化では観光にうまく乗れた人たちのみの成功をもたらす。そこから漏れたひとには波及していかない。そこの問題点を付いている。


個人的な私見だが下北半島に行ってきたが大間のマグロなんてものはたしかに地元民は食べない。観光客とそれに上手く乗れた人たちのみが潤う仕組みだ。滞在時間も少ない。だいたい三時間くらいだろうか。 

そしてこの本の終着点は、著者の奥様の実家「甘党たむら」での経験に落ち着く。ここでは、あんこのまんじゅうが一四〇円でお茶がついてバス待ちの人々の憩いの場所になっている。コンサルタントだった著者がこの単価じゃおかしいでしょ。もっと値上げして利益をもうなくちゃと若かりし頃いっているのだが、「ここは憩いの場所、また常連客がクチコミで単価の高い商品を紹介してくれる」という義母の言葉に衝撃を受けて考えを改める。


ビジネスなんだが、ビジネスの論理ではなく別の倫理観というかもっと土着した地域との繋がり、助け合いなど、そういう理屈で仕事をしていたのだ。 

さて、ここで思い浮かんだことがあった。
政府というのはビジネスではないということ。利益を出す存在ではなく、超ロングスパンで考える事。自分たちが赤字でも、周りが黒字になるということを行うための組織であることだ。 

自分もそうだが、あまりにビジネスでの収支だけで物事を見すぎていたことへの反省が頭のなかに浮かんだ。政府は赤字は私益(自治体収支も含む)のみに使われていたり公益性に著しく欠いている場合に存在意義を問われるのだ。 

自衛隊、法律、裁判所、これを作ること自体は利益を生まないが、回りまわって大きな安全と利益を個人個人に与えてくれる存在。それが政府、及び公共団体なのだ 

読了後そんな考えを持つことになった本だった。

2010年11月23日火曜日

水木しげるの敗走記




思ったよりも重い漫画でした。知らなかったです。こんな漫画を描いていたとは。

水木しげる=ゲゲゲの鬼太郎しかなかった人間でした。

そして、南方戦線の一兵卒の気分がこんなにも過酷だったのか

負け戦の敗走することの過酷さ。生き残ることがどれだけ難しかったのか。

水木しげるがどの時にこれを描いたのかわからないが、これでは描いても売れなかったろうな

とも納得。

生生しすぎて戦争に行った人からしたら思い出したくもないことだろう事が描かれている。

数十年後、戦争から離れたところに暮らしている人間が読んでこそ価値がでてくる。

戦地での原住民との関係で結婚するなど、戦争ものの大きな視点からではぜったいに描かれない

生きた戦場だった。

それにしてもこの漫画は細かい背景は綺麗に描かれているのに、人間がデフォルメされて描かれて

いるのは漫画らしさを出したかったからかな。それか画が下手なのか?

2010年10月27日水曜日

夫婦600万で生きる生活術



夫婦600万円で暮らす術というのは、どういう方法なの?興味はすごく持っていた。
それに違わないいい本だった。

とにもかくにもお金に関しては結婚して、税金の免除や、諸々の恩恵を使うほうが良いよと言う事
を勧めてくれている本。
そして、結婚出産しても仕事は続けていこうと勧めている本。生涯賃金が退職するとかけ離れてしまうから。

著者さんとは、一度名刺交換させていただいただけだったが、お会いしたときは、可愛らしい方だったのだが、ここまで色々と波乱万丈の人生だったとは。
それにはたまげた!でも、この家庭の出来事をきちんと書いているから(カッコ悪いところ)を書いているから、親近感を得ることができたのだ。

本全体に貫くこんなに結婚するとお金の部分で得になりますということをこれでもかと教えてくれる。
お金ないから、結婚しないでおこうという言い訳は嘘で無知で勿体無いということがわかる。

結婚したことはないが、これは前半は婚活本。

後半は、生命保険など、保険がかぶっているところをどう減らしていくか。無駄な保険がかかっていないかのチェックは大事だよと教えてくれる。

ものすごく実用的でありながら、軽いライトに仕上がっている良い本でした。

投資本というよりは家計簿本。結婚を精神面から勧めているのではなく、
金銭面から勧めているという視点は秀逸だな。

FPと家計簿相談したくなる本だった。

2010年10月24日日曜日

僕は友達が少ない 読み終えた


とりあえず、学園コメディ。ラブよりも、友達欲しい方面に焦点当たる。 
そんな騒動に巻き込まれる高校生が主人公。 

文章は、ネットスラング満載。 
残念な子、駄目だ、こいつ、なんとかしないと。 
リア充はしね!死ねばいいのに。などなど。 

後がきに書いてある様に、作者の趣味全開。 

1から4巻で60万部のヒット。平均15万部か。 凄いな。 


ライトノベルの基本構造として。 
物語に入り込む役として主人公がいて、読者と一緒に電波な美少女たちにツッコミいれて楽しむ本。 


ライトノベルは、基本的に会話主体で、 
視点が主人公に定まるので、気軽で混乱しないで読める 

キャッチーなものは、なんでも詰め込む。キャラクター命だから。女より可愛い男子高校生がでてきたり、ツンデレ美少女たちの間に恋愛フラグが立ったり。 

この本には、パロディが沢山含まれている。 
読書好きの長田有希子てなんだ?ときメモは人生 てクラナドじゃないか? 
とらドラにも近い印象。もしドラではない。 


高校生にとっては、クラスに生きていく為の友達とは凄く大事な存在だよなという事を思い出させる作品ではある。 

続きを読むかは考え中。 
これは、本当に甘ったるい娯楽小説なので、 
気分が落ちた時に、ニヤニヤして、クスリとした笑いを提供してくれる。 
友達を本題に書くのは、やっぱり重くなるのかなあ。

2010年10月13日水曜日

渋滞 西成活裕

「渋滞」の先頭は何をしているのか? (宝島社新書 291)


新書版 文字も減らして軽く渋滞学をなぞってくれる。

渋滞学の理系的部分に切り込まず、文系に応用していった姿は素晴らしい。
理系のひとの文章は本気で書いたら文系の御託には叶わない。

基本的には、渋滞学 (新潮選書)の部分を新書に焼き直していた本でした。


同じように渋滞学から世間を見ていくというのなら

シゴトの渋滞、解消します! 結果がついてくる絶対法則

のほうが自分の趣味にあっていた。なにより第三部社内の渋滞なくしますという章で、
彼の苦労してきた人生が語られている。理系で理論をやっていたが、食い扶持が無くなって
どうやって生きていくか教職への就職活動が上手くいかない日々が続いたところは泣ける。

渋滞学の肝は流れをスムーズにしていくために適切な距離を空けるということに尽きる。
それを仕事術に応用して、無理やり詰め込まないようにする。
計画を立てる。
時間割をつくる
外段取りをしておく
長期の仕事と短期の仕事を組み合わせて進める


個人個人良い仕事をしていくときはぐちゃぐちゃになるまで、悩んで苦しんでこそのオリジナリティがでてくると説いている。ぐちゃぐちゃになっても、元のポジションに戻せるようにある程度の形作りや、時間で区切ってダラダラしすぎないようにする。そうしないと人間はぐちゃぐちゃに耐え切れないからだろう。
自分は計画を立てる重要性はアニメ制作会社で学んだ。そうしないと永遠にゴールが見えない作業に取り組まざるえなくなるんだ。

二章の部内の渋滞解消します

ビッグマウスの薦めなんかは、先生として、研究者というよりも、指導者としての自分のスタイルをもっているところが良いなあと思う。二章は先生の研究室の運営の仕方を具体例で紹介している。具体例が多くてわかりやすかった。

一番好きな三章 社内の渋滞解消します

1+1+1=2 にならず 0.9+0.9+0.9=5 になるようにしよう
全力プレーではなく9割でプレーして1割を他者との関係性を上げるために使いましょう。

そして、白眉である 私は社会と繋がれませんでした。先生の苦労話。食べ物をもやしでどう暮らしていくか、寝床が無くなって友人の倉庫で寝泊りしていた話や、お風呂に入れなくて洗濯機で身体を洗っていた若い時代の話。
その中から出てきた答えはあまりに当たり前だけれども、勉強という繭のなかで守られていると忘れがちになってしまう
社会と繋がるためには個人は社会の難問を解決することをしなければならないのだ、とわかったのです。


どんなに優秀でも、その活動が社会に結びつけれなければ、勉強ではなく、商品、仕事 を提供できなければ社会での差別化はできませんでした、と語ってくれました。

ここの部分が一番感動しました。社会との関係をどう取っていくかを先生の経験談で語ってくれているので胸にぐっと刺さりました。

2010年9月22日水曜日

うつになったときの日垣隆の対処法

折れそうな心の鍛え方 (幻冬舎新書)

日垣隆さんの本。こころの鍛え方の本
うつ病ではなく、うつ状態になったとき、どうやって処理をしていったかを事詳しく描いてくれている。

取り合えず、ガス抜きをする。ストレス耐性コップを満杯にする前に
話を聞いてもらう。何が不安なのか考えて、それをカバーできる現実問題を考える。
自分にとってはお金だなあ。

うつの原因は何かを失った喪失感。
それを癒すのは時間がかかるから、ひとつひとつ撃破していく。やれることをやっていくこと
3ヶ月と期限を決めて、立ち直ろう
ひとに頑張れと言わせず、自分では頑張る
はじめの一歩をするハードルを下げる工夫をする。

基本的に工夫を推奨している。うつは喪失感から来る。そして、どうやっても避けられないもの。
それをどうやったら、良くなっていくか試してみる。それの繰り返しをしていくうちにだんだんと
治っていく。どんな工夫するってことにこの本の魅力があった。

最後の章映画特集は秀逸でした。知らない映画がたくさんあって楽しみになります。
観たいと思った映画
シンデレラマン
セント・オブ・ウーマン
ショーシャンクの空に
RUDY

Build the Future

Build the Future 西澤丞さんの写真集

良かった写真集。
ただし、理系の素養がなかったのでこれの凄さが本気では理解できなかった。
未来をつくる50年、100年の先を考えて作られた核融合施設、プラズマセンターetc

配管については、その辺で売っているものかもしれないと思った。
それをつなぎ合わせることで、素晴らしい研究を実施できる環境を生み出すことができる。
特別の機械は使っているところもあるが、見た感じ、普通の配管設備も使っている。
それが素晴らしいなとも思った。
市井のひとが憧れる未来を創りだして、現実化しようと途方も無い努力をしていることに感激
そして、たぶん研究者が生きていない100年後の人類に向けて科学成果を産み出そうと努力している。

想像の世界を現実につくっていく研究者たち。
その姿はとても魅力的で、地に足が付いている感覚は、想像力には出せない力強さがある。

この写真集はきちんと現役の研究所だから、本物として受け入れられるのだろうな。

空想では、ここまでの感覚は与えられなかった。そして、いつでも現実は地道に進んでいっている
という当然のことを思い出させてくれた写真集でもあった。

2010年9月17日金曜日

藤巻流人脈の教科書を読み、自分の失敗例を思い出した。

人脈の教科書~図解フジマキ流シビれる人生をつくる~

読了

藤巻幸夫という方にはお会いしたことはない。
ただ名前だけを聞いていた。某氏から紹介してあげるよと言われてはや2年
忘れられているのだろう。

人脈というのは、こうやってできるものだ。を身を持って体感させてくれた人だった。
紹介してやるよ、と言われたとき
すぐにアポイントを決めて行動に移さなかった。

また、その後自分の行動があまり紹介者に好かれなかったのだろう。
紹介するレベルまで達していないと言われてしまったことを覚えている。
紹介してもらうには、紹介者の顔を潰すことはできないし、紹介されたほうに何らかの
プラスになることが必要なのだ。

本では実際に会って話しをする。腰を軽くして動いてみる、とても陽性な行動指針が説かれている
もちろんお金はすごくかかるが、リターンも大きいですというただしがきがあるが。

若いうちは自分を売り込め。その為に情報感度を高くして日々を暮らすことが大事。

この本で自分が参考になったのは社内人脈の構築の仕方
自分はここでつまずいた。期限があと8時間しかなく徹夜業務になったとき
うまく同僚を巻き込むことができなかったのだ。「ごめん。こっちも抱えているんだ。」
なくなく、上司に助けてもらったが、その時自分の社内人脈の弱さを実感した。
とくに社内人脈という点では参考になる本

基本的な人脈の教科書で、分かりやすく取っ掛かりにはなり易い。
絵も画面構成もとてもセンスに溢れている。

そして、身を持って人脈の繋ぎ方失敗例を教えてくださった方なのでそういった意味で
とても感慨深い本だった。

2010年9月11日土曜日

渋滞学は科学の魅力を満載に振りまいてくれる

渋滞学 を読み終えた。


今更感はあるかもしれない。 
2006年発売の渋滞学 西成活祐 

物理学者で、渋滞学を始めたひと。 

おっそろいほどにわかりやすい 
なんで、渋滞がおこるの 
インターネットが繋がらないのはなぜ? 

それを説明するモデルはセルオートマトン法で説明する。 
ASEP Asymmetric Simple Exclusion Process 
p27の図形は感動した。
単純なモデルを作るのは経済学でも一緒。 
そこから複雑にしていき、広げていく手法も説明してくれる 
勉強をしてこなかったから定性的に一致していると定量的に一致しているの違いですら、感動した。そういった業界の言葉を教えてもらえるのはありがたい

基本的に一般人向けの本だから、混み行ったところにいかず、 
ここからは専門知識が必要だから結果を書くという風に 
読み手に超絶優しい 

tipsとしては、渋滞の時は、追い越し車線よりもより左側のほうが早く抜け出せるということか。これは人間心理の話なので、今現在はそうだけれどもという条件がつく。

物理学の限界地点 自分たちの使っている道具には解けない部分があることや、紙と鉛筆でとけるが、コンピュータが必ずミスをするパイこね変換の問題など、科学の魅力を振りまきまくっている。 

クルーグマンという経済学者が、よく専門分野は二つ持たないと意味がない。 
そんなことを15年前から言っていたな。 

そして、このひとは理学部と工学部の橋渡しみたいなことをしている。 

そしてなにより、数学の素晴らしさ、自分にはわからないことだらけだけど、やっぱり数学はかっこいい! 
趣味は数学です!ていってみたくなったじゃないか。 

平易で、度文系の自分でも理解できる科学の力。 

いい本だ!!めちゃくちゃ嬉しい!

    岡康道×小田嶋隆の不適応と負けの物語

    ガラパゴスでいいじゃない 岡康道×小田嶋隆


    二人の人間の弱っちいところからこの本は出発している。
    アメリカでのヴィダルサスーンでの失敗や、岡が自分の事をナンパもできない女々しい人間と定義していること自体に驚いた。
    めちゃめちゃカッコ悪い二人が対談している。
    才能の定義は、ポーカーの手と一緒。あると見せかけるものという小田嶋隆のひねくれ度合いは
    大好きだ。
    岡康道の才能と好きは別で好きなものはそれは趣味です。才能は余人をもって代えがたきもの

    自分に置き換えてみれば、人と接する際の笑顔は才能だが、それが好きかといえば別に好きでもないもんな。

    女々しい人間はさ、やっぱり女々しいから、色々と工作するんだと思います。その工作がさ、
    面白いかどうか、が作品の出来不出来に繋がるのか。女々しさをホメる文章に出会うとやっぱり
    うれしくなる。

    岡康道はなんでもおもしろがるし、人生をゲームだと捉えているんだ。
    遊び場なんだろうなあ。だから、負けて悔しがったり、勝って喜んだり、手の込んだことをしたりしているんだなあ

    不適応の人々が、きちんと世の中で食べていけたんだ。内田樹も、小田嶋隆も、岡康道も
    どう負けるか。どう撤退戦を戦えるか、いまの主流はこんな感じ。
    イケイケの世界は日本にはないんだな。もしくは、不適応の部分はみんな本当にうまく隠している。
    自分はそれをこじらせちゃってニートになっちゃったけれど、うまく不適応を適応させた人間たちも
    いて、彼らに嫉妬してしまって、適応しなかった自分の芯の強さという勘違いをおこし、
    変な優越感にひたって自分を慰めちゃう。

    この本はどうやって負けてきたか、それの歴史本だな。二人の同級生の。
    面白いことをしようとしたら負けることが多いよ。でも面白いよ。そして、きついよ。

    最近というか人生に負けてきた自分にとって応援になった本だったです

    二人の対談集第三弾希望したい

    2010年8月18日水曜日

    スリー・ベルズ~聖夜に起こった3つの不思議な事件~ を観終えました

    後藤ひろひと作の演劇 初観劇。ほとんどストレートプレイは観たことないんだ。
    だから、ほとんど初めての演劇がこんなに面白いものを見せられたらはまってしまうだろうな。

    いやー、面白かった。
    演劇は殆ど観たことないなかで、
    コンテンツは今読んでいる漫画やアニメは、
    どちらかというとキャラクターのカッコよさや可愛さありきで勝負をしている作品ばかり
    をみていたのでストーリーで笑わせて泣かせる演出、脚本に感激。




    ネタバレチックなことを書くと、お客さんを巻き込んでいき、笑わせて最後に泣かせる。
    すすり泣きと笑い声が一緒くたにある演劇でした。

    タイムテーブルをみていたら、120分の時間で、18時半からスタートで、きちんと20分で登場人物の紹介をして
    そして、展開して、話が進み、8時ごろ、残り30分で一番悲しい状態になり、
    最後のシーンで笑わせて、泣かせて、感動させて終わらす。

    殆ど初めて演劇をみたけれど、すごく時間通りに創られているんだなという感動。
    こういった話の進め方の構造がしっかりとあることにこの演劇の歴史の長さを感じました。

    また、小学生の子供の演技が素晴らしくて、それに本当に感激でした。

    三者の物語がバラバラに進んでいきながら、ドンドンと3人の世界が近づいてきてくれて
    最後のシーンで一緒になる。物語のなかに入り込んで一緒に進んでいけました

    最初はムカつくキャラクターがのちに愛すべきキャラクターに変わっていくのね。
    あめ女の同僚とか、ストリートミュージシャンとか。

    最初の20分は飽きるかなあと思ったけれど、ラスト近辺は泣くのを我慢するので精一杯です。
    時たま入る細かい笑いが面白くて、良かったです。

    あとは、舞台俳優さんのカッコよさはハンパない。
    舞台といえばバレエかミュージカルしか観たことなかったが、舞台も面白いんだな。


      2010年8月10日火曜日

      落ちこぼれ

      落ちこぼれ

      誕生日にプレゼントしてもらった詩集。
      詩集をプレゼントするっていうのは、なかなか嬉しいものだ。
      相手のことを理解していないとダメだし、それプラス その詩集の内容も知っていなくてはならない。

      戦争の詩 韓国の詩 

      もっと強く

      もっと強く願ってもいいのだ
      わたしたちは明石の鯛がたべたいと

      もっと強く願ってもいいのだ
      わたしたちは幾種類ものジャムが
      いつも食卓にあるようにと

      もっと強く願っていいのだ
      わたしたちは朝日の射すあかるい台所が
      ほしいと

      すりきれた靴はあっさりとすて
      キュッと鳴る新しい靴の感触を
      もっとしばしば味わいたいと

      秋 旅に出たひとがあれば
      ウィンクで送ってやればいいのだ

      なぜだろう
      萎縮することが生活なのだと
      おもいこんでしまった村と町
      家々のひさしは上目づかいのまぶた

      おーい 小さな時計屋さん
      猫背をのばし あなたは叫んでいいのだ
      今年もついに土用の鰻と会わなかったと

      おーい小さな釣道具さん
      あなたは叫んでいいのだ
      俺はまだ伊勢の海もみていないと

      女がほしければ奪うのもいいのだ
      男がほしければ奪うのもいいのだ

      ああ わたしたちが
      もっともっと貪婪にならないかぎり
      なにごとも始まりはしないのだ

      汲む Y.Yに

      感受性を鍛える必要はなかったのだなあ、
      頼りない生牡蠣のような感受性

      生牡蠣の表現がびびっと来た、あのドロドロ具合にヨワヨワしさ
      感受性を表現するのにこれほどぴったりなものはあるのだろうか


      すべてのいい仕事の核には
      震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・


      自分の感受性くらい
      自分で守れ
      ばかものよ

      人生の意味を 読了

      50代くらいの方から薦められた本
      人生の意味 キャロル・アドリエンヌ
      スピリチュアルな本だ。
      書いてあることは、内面の直感を信じなさい。
      「すべてのことは実現可能である」がこの本の根本思想になる
      それに従った内容が書き出されていく。

      理論としては、稚拙なのかもしれない。でもこれくらいの単純明快さは人の心を奮い立たせてくれる
      そして、大事なひとから薦められたので、読まなくちゃならないという義務感もあった。
      自己啓発に近いので、読んでいて前に進もう、行動を起こそうとする燃料になる。

      自分に嘘をついて偽る必要なんてないんです
      だれにも生きたい生き方があって、それを踏み出すか踏み出さないかの違いなんです
      そして、シンクロシニティ 自分のまわりに起こることにはすべて意味がある
      自分がなにをしたいのか、なにをすべきなのか、そこに浮かび上がってくる事自体が正しいことで
      あり、それを追求することが、人生を生きることになるのだ と言う。
      直感をしんじろとずっと説いているのだ。
      物事の決断の仕方
      「この決断をしたら、胸が弾むようなきもちになる、それとも胸が締め付けられるような気持ちになる」

      このときもいまも自分は生きる目的に迷っていたなと思った。この本が説いているのは、好きなことをやっていればおのずと道は開いてくるということだ。
      自己批判する癖をやめなさい。
      心のなかの障害を取り除いていきなさい。
      批判的な考え方から目を逸らしなさい
      未来でも過去でもなく、現在に意識を集中しなさい
      本当の自分を発揮しなさい
      のようなことが書かれている。

      この人生の意味という本は、神から与えられた世界に自分の魂が選択して、この世の中のこの場所に降りてきた。そして生きるという選択を自ら魂が選んだ。それは、なにかをすべきことが魂のなかにあったのだ。それは自分自身が一番知っている。それを世間や考え方の間違いで阻害して見つけられなくなってしまっている場合がある。それをきちんと見付け出してあげよう。答えはすべて自分の心、本心、魂、思いが知っている。それを見つめること、表にだしてあげること。それこそが与えられた使命であり、やらなくてはならない事だったりするのだ。

      2010年8月8日日曜日

      トップアスリートの勝つコトバを読み終えた

      根本真吾さん の 本 トップアスリートの勝つコトバ を読み終えた
      スポーツ界には名言が転がっている。
      名言集でも、マイケル・ジョーダンやイチローだけでなく、アメリカの高校生のリザーブ選手のコトバなど
      いろんなところから、いろんなレベルのひとのコトバを集めてくれている。

      そして、それをまとめた根本さんも、MIZUNOのグローブを抱えて、アメリカ中を旅をして売り込みを
      していった経験を語ってくれる。
      自分にとっては、そこがとても魅力的だったのだ。

      個人的経験を書くということがどれほど付加価値をつけるか、その為の経験をどれだけ積めるか、
      その為にどれだけ動けるか、それがこの本で一番学んだことだった。

      2010年8月7日土曜日

      すぐやるひとの豊田さんの本を読み終えた

      とにかくすぐやる人の仕事の習慣

      著者の豊田圭一さんにはお会いしたことはないのだが、感動したところや、感想を
      メールでお送りしたらすぐに2時間あまりで返信が返ってきた。
      それは感動的でした。
      前作よりはラテン系のノリは下がったように思い、うまく行かなかった時代の話なども書かれていて
      共感もてました。スーパーな人でも、若い頃やミスをどうしたかということはとても参考になります。

      ビジネス書はひとつ実行することが大事と言われています。この本のなかで書かれていた読んだ本の
      要約をまとめることを進めていました。
      それを読んで、自分はこうやって要約をつくるようになりました。
      これがドンドンと他人に読ませる文章にして行くことがこれからの目標です。

      これは図書館で借りたのですが、予約多数、できるだけ早く返却希望の紙が挟んであり、
      そんな紙ははじめてみたので、それはけっこう驚きでした。人気があるんだ。すこしばかり嬉しくなります。

      浦和レッズ黄金期の本

      ビッグクラブ 浦和レッズモデルができるまで

      島崎英純氏の2001年から2006年までのレッズの歴史
      レッズはこの本のあと崩壊していったのです。
      栄華の絶頂期にチームの要、犬飼社長や森GMが喧嘩をして
      どんどんと崩壊していきました。
      それまで長期的プランがなかったクラブがきちんと目標を立てて
      それにむけた準備をしていった時代でした。
      この本を読むとすべてが懐かしくなります。
      トォットがいたのはこんなに昔だったのか。永井も息の長いプレイヤーになったな。
      田中、長谷部、鈴木啓太が若手から中心になっていく時代。

      いまのレッズ2010年は土台作りということで全然勝てず、中位に沈んでいるのですが
      それでも、この時代をみるとどれだけ土台を作ることが大事だったか
      2004年セカンドステージのショートカウンター時代が最高に強かったことを思い出しました。

      エメルソンがレッズを離れて5年も経っているのかhttp://netafull.net/urawa-reds/035298.html
      いまはエメルソン ワシントンの コンビでフルミネンセでやっているのか
      願わくば、レッズで見たかった。

      内モンゴル自治区の乗馬の旅

       

      先週、内モンゴル自治区から帰国しました。 
      最高に素晴らしい旅でした。 

      ギャロップの一歩手前くらいかなあ 
      時速100キロでる馬を60キロまで抑えてギャロップ 

      ここまで来るのに三回落馬です 
      一回目は馬乗り始めて2日目 

      自動車の通る土道で上り坂を馬がはやく走りすぎてコントロールできなくなり落馬。 
      右腰を打ち身 
      2回目は3日目 砂地があるところでギャロップ。全速力で走らせる命令を馬に出して 
      牛の群れのなかを駆け抜けたところ、牛を避けきれず、正面衝突。 
      頭から放り投げ出されて一回転したせいで、受身をきちんとれたので、左肘の打ち身 
      ですみました。が、自信をめっちゃ失いました 

      三回目は3日目の昼食後、馬を使って、稜線の砂丘というか山を登っては下ってはをしている最中に 
      馬がコントロールできず(自分が高いところにびびっちゃった)右腰から落馬 

      激痛が走りました。腰とともに精神的に。馬は気品たかいけれど、ナメられてしまった。 
      もうコントロール効かないくらいに関係が悪化 

      4日間で三回落馬したひとは初めてだったらしいです。今回もう一人も3回の落馬経験 

      で、4日目も言う事聞かなくて現地スタッフの牧民の少年ナンディにヘルプしてもらって。 
      それで、最後は馬のチェンジをしてと言われた。 
      乗り心地が馬によって違うもんだと感じました。感性が合わない。乗りこなせない。逆に怖かった。 
      ので、乗換をやめさせてもらって、舐められてる馬に再度乗った。 
      そして、雷雨が発生。ギャロップで逃げなくちゃ行けなかったので、 
      走らせたが、ビビってるからコントロール出来ないことで、また落馬しかけたら 
      牧民スタッフのナンディが助けてくれた。 
      全速力で雷から逃げる。 
      前方で3回目の落馬した別の参加者がいて、彼女を落馬させたことで牧民スタッフ同士でメンチの切りあい。 
      あの激昂、13世紀、世界最強の戦闘部族モンゴル族の血の濃さを感じた 

      そして、落馬の女性は頭を軽く打ったので、リタイア。 
      凄まじく重苦しい雰囲気のなか、、 
      最後、広い草原があるから、みんなで走れる人だけ走ることになった。 
      モンゴルでは3回て意味ある数字なんですよ。 
      自分はその女性の落馬をみて絶対に落馬しない。落馬したら、もう乗るのを辞めると覚悟をした 
      その心構えが最も足りなかったものだったらしい。馬でもなく、実力でもなく、心で乗る動物だと 
      いうことを教えてくれた 

      ここで、初めて自分自身ギャロップに成功。厳密にはギャロップじゃない。全速力じゃない。まだムチを使ってないし 
      引き綱だし、  
      でも時速40キロが一番体が上下してしまい、 
      50キロを超える辺りから逆に安定してきて、60キロまではだせることができました 
      あれはやばい 
      風を切り裂いていって、人馬一体の意味を初めて理解できた。 
      左手の片手走法なのでバランスは難しいです。 

      走りさせることができてから、馬は俺のことを認めてくれたみたいで 
      お前、このくらいまでなら行ける?おー、ならこれくらいは?よーし、これくらいまでスピード上げてやろう。これが限界か。そうか。ならこのスピード維持してやるよ。と伝えてくれます。 

      相当にプライドが高い馬でした。泊まらせてもらったゲルのお父さんの馬だったので、 
      一番速くて、気性の強い、きちんと調教されている馬だったんですね。 

      100%ではないが、 
      最後はやりたい事やれてよかった。 

      心構えの問題。 
      最後はラム肉の振る舞い。 
      子羊を目の前で殺してくれて振舞ってくれました。 
      怯えてうんちを漏らし、逃げようとする子羊。それを、殺す。 
      一枚皮に綺麗に剥きました。 
      別の牧場から、羊のめーめーという鳴き声が聞こえます。 
      祈るしかなかったです。 
      可愛い子羊の皮まで剥いだ姿は生命の儚さでした。 

      仏教の地区です。自分のテントに仏教のペンダントと珠々が紛れ込んでいたので、返したところ 
      お礼のいわれようがハンパなかった。 

      砂漠の民が一神教になるのは、あの厳しさ、環境があまりにハード。 
      土の上にテントを立てて眠るのですが、それでも辛い。昼は暑く夜は寒い。 
      そして、集団をまとめなくてはならないこと。 
      馬のように集団で行動しなくてはなんにもできない。 

      モンゴルでの乗馬のメリットは、司馬遼太郎の明治時代の戦争の過酷さが理解できること 
      児玉源太郎がどのあたりを押さえれば勝てるか、地理をみてまわった理由はわかるし、 
      平原での騎馬決戦は数が決めるので、それをどううまく地形を利用するか、地形がはっきりと 
      わかるので、ここを押さえれば勝てるのか負けるのかがわかる気がする 
      秋山好治が日本軍の騎馬隊を育成したことの意味深さ 
      先人たちの戦った戦争の過酷さ。 
      自然の美しさと怖さと、なにより水の大切さ 
      そこでの瓜科の植物 とくに西瓜のありがたさ、ウマさははんぱないこと


      そんなことを感じた旅でした

      2010年7月15日木曜日

      はだか Ex-formation を読んで

      はだか Ex-formation  武蔵野美術大学の原研哉ゼミの作品集

      はだかにすると、なにか今まで見ていたものが違って見える。
      はだかにすると、本質の部分があぶり出される
      はだかにすると、なんでこんなに恥ずかしいのだろう

      はだかには、個人差、個体差がある。その部分に恥を覚えるのだ。

      服を着るほうがエロティックであったりする少女漫画
      たんなるフォークにパンツをはかせることでまるではだかのようにみえる。

      ひとによってアプローチが違う。こんなに違うとは、そして、情報informationの反対としてex-formationいかに知らないかを知らしめる

      しらないことをどれだけあらわにさせるか。そこに対するアプローチが多くのひとがチャレンジしているゼミ生の考え方にも勉強になった。切り取り方、アプローチの仕方によって伝わらないこともでてくる。

      見方をかえるというプロジェクトだから、成功するばかりではないのだ。ほとんどが失敗に終わる。そして、本当の一握りがセンセーショナルに取り上げられるまで、多くの作家が試みては失敗していくこともわかった。だからこそ美術家は食えないのだ。一握りしか。でも多くのひとが憧れ、挑戦したくなることも理解することができた。そんな本だった

      ディナモ・フットボール 宇都宮徹壱の本はすごい

      ディナモ・フットボール を読了 これでほとんどすべての宇都宮徹壱の本は読み終えた。
      良いジャーナリストだった。また本がでるまではコラムなんかを読んで楽しませてもらおう。

      この本は主に東欧諸国やロシアサッカー、旧ソ連諸国のサッカーを廻って旅をしている。
      ディナモ・モスクワによる1945年の英国遠征から始まる。
      そして、アーセナルとは名ばかりの英国代表との対決に4-3で勝利する。
      そして、46年に鉄の壁が引かれ、東欧のサッカーは壁の向こう側にはいってしまった

      ディナモの意味は内務省 つまりは国家権力という意味だ。

      ディナモという名前には冷戦崩壊で、いまとなっては負けた側の意味合いが強くなっている。
      そのディナモを探しにでかけた旅の本だ。

      フットボールとクラブの歴史を紐解き、その時代を表現し、そしていまの現状を伝える。
      これが彼の手法だ。
      DDR最強のクラブチーム、ディナモベルリンのように4部に沈んでいるクラブもある。
      クロアチアザグレブから、ディナモザグレブに戻したクラブもある。

      そして、ソ連リーグで最強で、シェフチェンコを生んだディナモ・キエフ
      戦争で負けて、同化政策でアイデンティティを失ったウクライナ
      そこに残るディナモ・キエフ 
      やはりサッカーチーム。スポーツチームというのは、人々の心のよりどころになるのか。
      とくになにもないところだと、それが強くなる。埼玉における浦和レッズのように。

      次の旅路はロシアだ。本田が所属しているリーグ。2000年前後はまだ牧歌的な感覚がある。
      その後、政府系のオイルマネーが入り込み、金満リーグになるとは想像だにしえない。
      でも、サポーターがあまり入らないというのは変わらないみたいだが。。。

      その後、グルジアへ。ディナモ・トビリシ
      ほとんどのクラブがディナモの名前を捨てて、そしてもどっていった。没落した名門クラブにとって
      その名前が栄光の残滓を感じさせるものだったのかもしれない。

      さいごに、なぜ日本人はロシアをこわがるのでしょう。
      ソ連の印象でしょうか。
      ソ連は十年も前になくなりました

      本田がCSKAに移籍するときも、なぜロシアに?と不思議がられた
      遠い国だったが、みんなの共通理解としてサッカーがあるのだと感じた。
      サッカーはひとつだ。これはよく使われるが、
      宇都宮さんの本はそれが本質的に正しいんじゃないかと信じさせてくれるのだ。

      これで宇都宮本をほとんどすべて読み終えた。とても素晴らしい読書の旅だった。

      2010年7月14日水曜日

      岩波明の狂気の偽装 精神科医の臨床報告

      狂気の偽装 を読了 狂気という隣人の続編に当たる。

      岩波先生の大立ち回り PTSDとは、本当に死の恐怖を味わったひとにしか罹ることはない。
      軽く言っているのはほとんどが嘘をついている。マスコミによって汚されて意味を取り違えられた精神科の用語だ。

      そして、フロイトのいうようにそもそも幼児期の問題が思春期にでるのか、なぜそんなにタイムラグが発生する。
      アダルトチルドレンも意味が履き違えて使われている。アルコール依存症の親をもつ子供のことをさしていたのに、機能不全に陥った家族の子供たちに使われるようになった。カウンセラーはいまの原因をいまの状況に求めないで過去に求めがちなので、ちょっとでもひっかるところがあると、それを拡大解釈してしまって、罪のない親を罪に追い込んでしまう。トラウマもそんな系統の言葉だ。ADHDもそうだ。病気の問題というのは、基本的に過去に原因があるよりも今現在に問題があるのだ。それを過去をひっくり返して考えるというのは間違っている。このスタンスはずっと変わらない。

      そして、岩波さんは自身の臨床で得た経験を書く。それは決してうまくいったものではなく、失敗したものをわざと集めて書いているかのように、失敗談が続く。患者に自殺されてしまったり、つらい目にもあっている。

      そして、農薬自殺や風邪薬自殺は、一瞬で死ねるわけではなく、体が吸収してしまったら手の施しようもなく数日死をまつのだ。それはどんなに悔いても戻らない。その時間はとても残酷だ。
      死ぬのがわかっていながら、手の施しようもなく、そして、患者は数日だけ命を取り留める。
      後悔しても取り戻せない命。

      自殺について 孤立感が関与していると引用している。社会からはじき出されてしまった。もしくは社会からでてしまった人々 空虚が心を支配していると述べている。ここにこの岩波さんの優しさを感じた。巻末の紹介文に甘えている若者論が出ているが、そちらには、現場のリアリティさがないように感じた。どうしようもないけれども、本質的に空虚な社会である日本。そこに飲み込まれたひとがいるということを精神科医が認識し、自分だけでは変えられないけれども、少しでもその穴埋めとして患者から精神科医が使われているのは仕方ないと考えている。

      最後に病気がどれだけ厳しいものなのか、急性期の統合失調症や、依存症の人々の壮絶さを書いていた。病気というものの重さをすごく考えているひとなのだ。

      そして、近年心療内科が乱立しているのは、厚生省が医療費削減のために行った政策のせいだと書かれていた。日本の入院ベッド数の3分の1が精神科でしめられていて、それを外来でまかなうことで、医療費削減をもくろんだ。
      しかし、結果は軽症うつなどの新規需要の開拓と、大学病院に医者が残らなくなってしまい、開業医ばかりふえて、大病院には医者を派遣できなくなる医療崩壊をもたらしたと。
      行政の失敗でもあったのだ。そういうことを切れ味するどくかいてくれる岩波さんの本はとても魅力的だと思う。

      ブログ アーカイブ