2013年4月2日火曜日

塩野七生お得意の政治とローマを絡ませた新書



日本人へ リーダー篇読了


人間ならば誰にでも現実のすべてがみえるわけではない。
多くの人は、みたいと思う現実しかみていない。
ユリウス・カエサル

たまに塩野七生の本やコラム集を読むと楽しい気持ちになる。
このコラム集から、本全体を貫いている一本の筋をみつけるのは難しかった。
なので、気に入った言葉を書き出していくことにしようと思う。

国家の体力とは経済力なので、それの回復に専念すること
 
民主党は平等を中心に掲げたから、経済政策はやらなかったが、
いまはアベノミクスで経済回復先行している。

経済がよくなれば、まわりの国も無理難題は言ってこない。尖閣諸島にしても
竹島にしても、日本の国力が落ちてきたことで発生したことだと思うし。

危機の時代は指導者が頻繁に変わる、クビをすげ替えれば危機も打開できると人々は夢を見るのだろうか。だが、それは夢であって現実ではない

いかなる事業と言えども、その成否は参加する全員が利益を得るシステムを、作れたか否かにかかっている。

書いている時期が五賢帝が終わり、ローマ終焉の時期と、それとイラク戦争でのことを絡めながら書いていて、趣がある。このローマ時代がどれほどすごかったのか!その歴史に学ぶことをしたいという気持ちにさせるのが、塩野七生の存在価値だと思う。女司馬遼太郎といわれる。なぜか歴史書としては使われないが、塩野七生からマキャベリ好きになった人間には、このおばちゃんが書くものは本当かどうかわからないが、軽い知的な歴史小話を聞いている気分になるのだ。

想像力も筋肉に似て訓練を重ねていないと劣化してしまう。 

いかなる分野でも共通して必要とされる能力がひとつある。それは想像力だ。

出来事に対して、自分だったらどう考えるだろうか?スタートラインにしてみては


このおばちゃんがいいのは、若い時分にイタリアに住むまでしてしまう行動力、そして自分の文体をみつけ、政治と文治と歴史という分野を通じて自分の考えを世間に広めるということをちゃんとできているからだ。なんかかっこいいのだ。2005年頃のイタリアや仏の政治事情なんてもうわすれちゃったが、読んでいてかっこよくてたまらない。

なぜローマ人だけが

「もてる能力の徹底した活用」である。言い換えれば、一つ一つの能力では同時代の他の民族に劣っていても、すべてを総合し駆使していく力には断じて優れていた

手始めに「終戦」ではなく「敗戦」といおうではないか。終戦は戦争が終わったことでしかないが、敗戦となれば、この言葉を耳にする人の男人かは必ず、なぜ敗北したのかを考えるよう
になる。


自分もこの考えに賛成。言葉のごまかしで本質をぼかしてはいけないと思う、どうしてまけてしまったのか、次に負けないためにはどうするのかを考える必要がものすごくあるのだから。


この人の本を読むにつれ、欧米での日本の扱いの低さ、小ささを感じさせる。時差のせいもあるとは言っているが、それにつけても外政がうまくいっていなかったりしてたのだろう。
海外(ヨーロッパ)から日本のことを書いてくれる保守系の現役作家というのは少ないので読んでいて発見があるのだ、

だから塩野七生は大好きだ。

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